4 ともだちの相方
半年前――。
京都で起きた事件を解決したばかりの御殿は、休む暇もなく社長であるマダム・ルージュに呼び出された。
「――京都での一件、お疲れ様。御殿には休暇を上げたいところだけど……」
デスクにA4の封筒が差し出される。
「さっそくで悪いのだけれど、獣人コニュニティに顔を出してくれないかしら? 彼らの運営する施設の状況を報告書にまとめなければならないのよ」
「書類の作成ですか? それは政府の役割では?」
方向違いの仕事を聞かされた御殿が首を傾げるのも無理はない。
獣人コミュニティが運営する施設がいくつか存在している。なかでも児童福祉施設や職業斡旋機関などがあげられ、これらの働きによって、教育、勤労、納税といった国民の三大義務が獣人にも割り当てられるようになっている。
人間と同じく獣人も手厚い福祉が受けられるのだが、その監視は政府のお仕事。そして日本政府に所属するのは普通の人間である。
さらに獣人の存在は政府によってベールに包まれ、私生活も監視下におかれている。
今のところ獣人は、耳や尻尾を出して街を歩けるまでには至っていない。
「そうなんだけどねぇ、
とってもとっても、とお~っても面倒くさそうにマダムが言ってくる。しまいにはデスクのすみに腰をおろし、手持ち無沙汰にタバコをいじりはじめた。
「この業界も人間関係が大切でしょう? 恩を売っておけば後々有利になることもあるわけ。わかるでしょう? だから御殿ぉ……ね?」
チラッ。猫なで声で哀願するマダム。甘え上手は命令上手。
「政府が職務放棄ですか? そのとばっちりが弊社に?」
「ええ、だからお願ぁい。 ……といってもぉ、これから御殿に動いてもらうのだけれど」
「すでに決定事項ですか。拒否け」
「拒否権はないわよ」
「……そうですか」
決定権はマダムにある。横暴この上ない。それが分かっているから、御殿はあきらめ顔で肩をすくめることしかできないわけよね。恩のすりつけ合いは大人の世界でよくあることなの。がんばれ、御殿。
「そもそも、わたしは有給を取らないと法的に問題があるのでは?」
「御殿の有給? それなら安心なさい、私が消費しとくから」
「……」
問答無用。それでいいのかマダム・ルージュ。
いつもながら強引に押し切られた御殿は、文句ひとつ言わずに本社を後にする。ストイックさなら誰にも負けない。気丈に振る舞っていれば、後ろ向きに考えていれば、なにも期待しなくて済む。何が起きてもガッカリすることはない。まあこんなものか、と諦めもつく。不幸への耐久性なら出来ていた。
獣人の子供たち
獣人コミュニティ本部の建物は役所そのもの。納税や各種保険等、訪れたものなら想像は容易いはずだ。そこでは多くの市民と役人がやり取りを繰り返している。
正午すぎに顔を出した御殿だったが、暴力祈祷師と知るや、受付の顔から血の気がひくのが分かった。
担当は不在とのことで話は平行線のまま。おかげで御殿が施設に出向くこととなった。
もちろん居留守をキメる担当であったが、横目にうつった担当がオフィスの陰から尻込みして覗き込んでいたのが不憫でならなかった。一般人には暴力祈祷師や狂暴な獣人は受け入れてもらえないのである。
御殿はしかたなくバイクを走らせ都心を出ることにした。
都心から外れた県境に位置する
数年前に起きた災害により、町はガレキの山と化し、復興も進んでいない。
そこにはホームレスやら行き場を失った者たちが身を寄せ合っていた。
過疎化が進んで住人は減るいっぽう。傾いたビルは塗装が剥がれ落ち、電気や水道が通っているのが奇跡に思えてくる。
御殿は足元に散らばるガレキをまたいで進んでいった。
――町の一角に古い建物がある。児童養護施設として稼働している物件。
中から筋肉質の男が悪態をつきながら出てきた。
「バケモノのクセしやがって。人間様の命令が聞けねえってのか!?」
子供の襟首をつかんで引きずり回す男。
それを遠くから見つめる者たちがいる。皆、死んだような目をしていた。
(男は人間、子供たちは獣人ね)
大人も子供も獣人だらけ。日本にはそういう場所がある。
御殿が聞き耳を立てていると、状況がつかめてきた。
男の主張だと人間の奴隷となって働くのが獣人の役目であり、人間に奉仕できてこそ獣人の価値がある――要約するとそういう事だった。
筋肉質の男が獣人ブローカーであることは明白だった。表向きは政府のツラだが、皮を剥げば奴隷商売。現に人身売買のまね事をしているではないか。
――そこには獣人の人権などなかった。
襟首をつかまれた子供が叫んでいる。
「金ももらえないのに何が仕事だよ!」
「なんだとクソガキが!」
バチイインン!
反発する獣人の子供に平手打ちをかまして黙らせる。
大人の平手打ち一発で子供の体なんて簡単に吹き飛んでしまう。
「いいか、少しでもおかしな気を起こしてみろ? コミュニティに連絡して全員収容所にぶち込んでやるからな。人間を甘くみるんじゃねえぞ、わかったか!」
男は横たわる子供を蹴り飛ばすと、他の子供たちの髪をわしづかみにして連れてゆく。
暴力と権力で獣人をいいように扱うクズが目の前にいる。
――そこで御殿が男を制止した。
「あなた役所の人間ね。子供相手にこんなことをして恥ずかしいとは思わないの?」
するとどうだろう、男は歯茎をむき出しにして、御殿の胸を舐め回すように見つめてくるではないか。
「あんたエクソシスト? へえ、いい体してるねえ。もっといい仕事なら紹介するぜ? 最初は腰と顎が疲れるだろうが、今の仕事より稼げるぜえ、グエヘヘ……」
目の前に政府の名札をぶら下げた餓鬼モドキがいる。そう悟った御殿が男に一言――
「目の前の命知らずの掃除なら無料で引き受けますが?」
「あ? いい度胸してるじゃないか、おっぱいの姉ちゃん」
男が御殿の胸に手を伸ばそうとした時だ。
グイッ
「いででででで!」
御殿が男の手首を瞬時につかみ、腕を後ろに捩じり込む。続けて足払いをかまして地面に押し倒し、背中に膝を押し付けて動きを封じる。
電光石火の早さに獣人たちも慄いていた。
「少しでも変な気を起こせば通報するわよ? その前に肩と肘の関節が折れるけど」
御殿は男の後頭部を睨みつけながら、つかんだ腕をさらに背中で締め上げた。
「いでででで! わかったわかった! これを離してくれ! 俺たち同じ人間だろ? な?」
同じ人間という言葉に胸がムカムカしてくる御殿。けっして一緒にされたくはない。
男は起き上がると悪態をつきながら去っていった。
御殿が倒れた獣人の子供に近づく。
「きみ、大丈夫?」
「ギャアウ!」
とはいえ、手を差し出そうものなら、鋭い眼光で牙をむいて噛みつこうとしてくる。とても話が出来る状況ではなかった。
「嫌われてるのね、わたしたち――」
政府の人間が来たがらない理由は簡単だ。こんな場所に一般人が来たら、真っ先に血祭に上がられてしまう。それを恐れ、御殿の会社に仕事を回してきたのだ。
10人、20人。御殿は子供たちに声をかけ続けたが無意味に終わる。獣人たちは、ものすごい形相で御殿を睨みつけて拒絶するばかり。
「――取りつく島もないか」
休憩を取るためにバイクに戻り、チョコ菓子を取り出した時だった。
「……ん?」
ふと、ビルの角から覗き込む子供たちと目が合った。どうやらチョコ菓子に興味を示しているらしい。
「なるほどね」
子供たちがチョコをもの欲しそうに見ている。
状況を察した御殿はバイクにまたがると、いったん町を出た。
人間なんかに頭をさげなければ生活できないのか?
獣人ならば誰もがそう思うだろう。
けれども、人間の世界では人間が法律であり神である。靴を舐めろと言われれば靴を舐めなきゃ仕事ももらえない。そこで餓死決定。強奪しようものなら武力で押さえつけられる。人間の武力を前にしたら、獣人の力など赤子の手を捻るほどに容易い。
されど獣人は奴隷ではない。そこでアンダーグラウンドでは獣人にも人権が持てるように協定が結ばれた。
それが
獣人たちは生活ならびに仕事をするうえで、常に人間とは平等に扱われなければならない。上下関係を省いた取り組みが、まさしくそれだ。
裏社会で協定が生まれたとしても正式な法律ではないため、定着するのにはまだまだ時間がかかる。
一般人が獣人を目にすれば、たちまち見世物として金稼ぎのエサにされる。目の前に獣人が現れれば理解できるだろう。誰しも珍しいものを手に入れることで優越感に浸りたいのだ。
だが獣人はペットでも奴隷でもない。人間との優劣はない。
人権ならぬ獣権がここにある。
はずだったのに――。
バッグいっぱいに詰め込んだ食料を持ち込み、ふたたび町へと戻ってきた御殿。荷物を下ろして子供たちに近づくと、ありったけの菓子をすべて差し出した。
「隣町のコンビニで買ってきた」
表情筋がかたまったように愛嬌の無いエクソシスト。それでも一所懸命、子供たちにお菓子を配る。
最初は子供たちに睨みつけられるだけだった。けれどその後、ひとり、またひとりと御殿に近づいてきてはお菓子を手にする。人間、獣人問わず、子供はお菓子が大好きだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「いただきー!」
「ちゃんとこの人にありがとうって言わなきゃダメなんだよー」
「うるせーばーか!」
ちゃんとお礼を言える子、ひったくるように持ってゆく子、よそよそしくもお菓子だけには興味津々の子。そこらじゅうを笑いながら走り回る。ここにいる子供は皆、人間の子供となんら変わりない。
子供たちと目線を合わせてお菓子をくばる御殿は、まるで季節外れのサンタクロースだ。
(かわいそうに。よほどお腹がすいてたのね)
ちゃんと栄養を取っているのだろうか? そんな疑問を抱く前に答えは出ていた。
ここにいる子供たちは、十分な食事も教育も与えてもらえていない。人権もクソもあったもんじゃない。
「獣人とはいえ、これは児童虐待にあたる行為ね。コミュニティに報告しなければ――」
御殿が一連の報告をするために端末を取り出した時のこと。
「あ、狐姫だー」
獣人の女の子が遠くを指さすと、お菓子を手にした子供たちが一斉に駆け出した。
ワシのコレクション
「……パイ、……御殿センパイ」
想夜の声で御殿が我に返る。
「どうしたんですか、ぼーっとして」
「なんでもない。少し昔のことを思い出していた」
御殿がさらりと受け流す。
赤霧を抜け出したふたりは、その足でレプラ・スタッフサービス前に来ていた。
ガードレールに身を潜めた御殿と想夜が身を乗り出し、車道の向こうのビルに目を向けた。
「――どう、あの男。妖精に見える?」
「あのジュース飲んでる人ですか?」
「違う。もうちょい手前」
「アイス食べてる人ですか?」
「いきすぎ。もうちょい右。脂肪のついた感じの」
「通行人、みんなそんな感じです」
「……」
日本人はいささか運動不足ではないだろうか。
「いま付き人3人とビルに入っていく、真ん中の――」
「あー……」
しばらく金盛を凝視する想夜が口をひらいた。
「……はい。間違いありません。あの人、レプラコーンです」
「レプラコーン?」
レプラコーン――妖精種族。小柄な靴職人で、自分の利益のためだけに動く強欲さを持っている。悪霊の子供でもあり、金の壺を持ち歩く堕ちた妖精。いたずらを仕掛けることでも有名で、アイルランドでは「レプラコーンに注意」といった標識まである。
御殿が瞼をぱちくりさせて金盛を見張る。
「とても小柄とは思えない体格ね」
のっしのっしと歩く脂肪の塊を前にすれば、誰しもそう思う。
「妖精の体型は必ずしも種族にならってはいません。あたしもピクシーだけど人間みたいに大きいですからね。種族からいえば巨人レベルです」
「想夜が巨人?」
想夜のつま先から頭のてっぺんまで凝視する御殿。
すると想夜が縮こまって頬を染め、閉じた手を口元にそえてモジモジしはじめる。
「そ、そんなにジロジロ見ないでください。 ……恥ずかしいです」
「どこを見ても小さいけれど……」
ささやかな胸元を見ながら言うもんだから、想夜の心にグサリと刺さる。
「もうっ、御殿センパイなんて知らないっ」
プイッとそっぽを向く想夜が横目で金盛を追う。その瞳に映った男。妖精でありながら、どこかどんよりとした空気がにじみ出ている。想夜には、それがとてつもなく不気味に感じられた。
レプラ・スタッフサービス 社長室――。
想夜と御殿がレプラから離れる時のこと、男性秘書が社長室に入ってきた。
「金盛社長、失礼します」
「あん? なんだ? ワシは今、コレクションの整理で忙しいんだ、後にしろ」
秘書とは目も合わせず、邪険にあつかう金盛。持っていた骨董品をデスクの上に乱暴に置くと、耳打ちをする秘書の話に聞き入った。
「……ほお、どこぞの馬の骨が嗅ぎつけてきたか」
椅子から立ち上がると、ブラインド越しに車道を見下ろす。
ガードレール手前にロングヘアとリボンの少女がおり、すぐさまバイクで走り去ってゆくのが確認できた。
「……ふん、行ったか」
金盛がリモコンを手に取り、壁に向かってスイッチを入れると、壁紙が天井に巻き取られてゆく。
壁は二重構造になっており、ダミー壁の向こうには巨大な絵画が設置されていた。
壁一面を独占するほどの巨大な絵画。そこには禍々しくも赤い世界が広がっていた。
赤黒いインクを掌全体で乱暴にこすりつけたような作品。赤いインクの中では無数の死霊がうごめき、人々を混沌に陥れている。なかでも目立つのが大型犬だ。横たわってもなお純白を保ち続け、後ろ足に力を入れて立ち上がろうとする姿。どこかを目指しているようでもある。
「グエヘヘヘ、これはワシの最高のコレクションだ」
金盛が絵画にすりより舌なめずり。滝のようにヨダレを垂らしながら見入っていた。
「エサが増えれば絵も育つううぅ。敵は多いに越したことはない、ない、ないいいぃ。すべて、すべて食らいつくしてくれるわぁ。グェヘ、グェヘヘヘ……」
せせら笑う金盛の背中から、巨大な黒影が舞い上がった。
ルーシーの嫉妬
聖色駅からは各方面に路面電車が出ており、連結された2両がゆっくりと小さな駅またいで走る。
そのひとつに
流船は市内の中でも静かなエリア。ところどころ看板の塗装が剥がれた不動産屋。賑わっているのかどうか不明なラーメン店。庶民的であか抜けない町並みが特徴。赤霧事件がなければ、のんびりとした時間を与えてくれる場所だ。
幸いにも、今のところは事件の発端は発生していない。
車がすれ違うのも危ういほどの狭い踏切をまたぐと、その先に交差点が見える。
狐姫の視線の先、修道服姿の
流船駅前。
名古屋が生んだ奇跡、キョメダ珈琲店。
軽食のとれる喫茶店。狐姫と恋音はそこを待ち合わせ場所にしていた。
暴力エクソシストだって女の子。たまには顔を合わせてトークに花を咲かせなければウップンも溜まってしまうというもの。ケモ耳をしまえばただのJCふたり組である。
「こうして
「うーん、1週間くらい前?」
「もっと前だな」
「200年くらい?」
「時間の概念崩壊してるな。さては頭でも打ったな」
一緒に食事するのは、じつに8か月ぶり。
ふたりしてメニューを覗き込む。
「焔衣、なに頼む?」
「俺? うーん」
メニューに穴が開きそうなくらい睨みつける。
「エビカツサンドとかおいしそうだな! な!」
恋音が瞳を輝かせる。
「えー、食うならミソカツだろー」
狐姫、以前から食べたかったミソカツサンドに目がいく。でもそれを食べると夜食が胃袋に収まらないかも。そして御殿に間食を指摘されて怒られる定期。
「うーん、ケーキセットにしようかなあ」
「え、キモ。ふだんは皿まで食べる焔衣のくせに?」
「食事の前にケリでも食らうか? おまえ俺を宇宙人か何かだと思ってるだろ汁」
「ひょっとしてダイエット? 焔衣、最近お腹まわりがアヤシイよな……汁言うな」
「は? 腹なんか出てねえし。瞳を輝かせながら言うんじゃねえよ」
「小食になった?」
「んなことあるかよ。お――」
「「俺サマの食欲は無限です」」
「――だったな」
「お、おう」
ドヤ顔の恋音に狐姫だじたじ。目の前の友達は狐姫のことをよく知っている。
「エビもミソもアリっちゃアリだけど……」
「だけど?」
「間食しすぎると相方が怒るんだよなあ……」
狐姫には食事を作って待っててくれる人がいる。それを突きつけられるたびに恋音の胸がチクリと痛んだ。
「ふーん。焔衣、その人ってこわい?」
「は? 全然。シ、シカト余裕だし。あああいつ無駄におっぱいデカいだけだし、キレたらメシ作ってくれなくなるだっ、だけだし」
「汗拭くか? 涙も拭け」
めっちゃ動揺してるキツネにおしぼりを差し出す恋音。
キュッキュッ……
おしぼりがビチャビチャと重力感を増す。
いつにも増して昔話に花を咲かせる狐姫と恋音。
「――あの時は驚いた。焔衣、いきなりいなくなっちゃうんだもんな」
「あ~、あん時は事情があってさあ、人間側も大変だったんだ。待ち合わせの約束すっぽかして悪かったな。今日は俺のおごりだから遠慮なく頼めよ」
狐姫が頭をかいては申し訳なさそうにする。うまい言い訳も見つからず、ただ言葉を濁しながら適当にメニューめくる。
あの日、御殿と狐姫が出逢った日――。
本来ならば恋音の紹介により、狐姫は別の案件を選ぶはずだった。
だが突然あらわれた漆黒のエクソシストにより、狐姫はその人物と歩んでゆくこととなった。
運命とは数奇なものであり、1秒先でなにが起こるかわからない。その時の選択によって現在は生み出される。
一足はやく恋音が施設に戻ってくれば、狐姫は御殿と出逢うことはなかった。
恋音は今でも時折、狐姫と歩幅を合わせて歩いている自分を想像する。
(……いや、元からそんな未来は用意されていなかったのかもな)
結果的に友達を奪われた感は否めない。嫉妬心を抱いていないと言えばウソになる。が、友の旅路を祝うのも友の役割だと思っている。
寡黙がちの恋音に狐姫がメニューを見せてきた。
「おい見ろよルーシー。喫茶店なのにうどんがあるぜ?」
「小生、ケーキセットにしようかな」
「じゃあ俺うどん食う、3杯。すいませーん!」
キツネ、クイズ番組のように素早くピンポン。
恋音が顔をしかめた。
「ケーキセット食べてる横でうどんズルズルやる気か? ソバQで食べなよな」
「立ち食いそば? 駅前の?」
「そこな。ソバQのそばにコロッケと天ぷら入れて食べたら元の体には戻れなくなるよな」
「おう。俺の体なんてもうソバQのコロ天なしじゃいられないぜ? 金なくても満腹だぜソバQ、どう責任取ってくれんだよソバQ、元に戻してくれよソバQ」
油と炭水化物に魅了された乙女の肉体が悶え狂う。
「ソバQにいくら貰ったんだよ……」
なんども登場するキーワードが洗脳に思えた。
――で、結局サンドを注文。なおも麺トークは続く。
「ルーシー、
「雷々軒? 桜木通りの?」
「そうそう、この前ラーメン食ってたら御殿のやつが呼び出しやがってさあ。しかたなくラーメン残すわけじゃん? そしたら店のおやじに変な目で睨まれちゃったよ俺」
狐姫が口を尖らせて話すのは、聖色市の意識不明事件が始まった頃の話だ。その足で廃墟と化した元MAMIYA研究所に調査に出ている。
恋音が首をかしげる。
「コトノ?」
「さっき話したべ? 御殿ってのは俺の相方で――」
とても楽しそうに話す狐姫に聞き入る恋音。嬉しそうでもあり、それでいて寂し気でもある。なんだか自分だけ置いてけぼりを食らっている気がしてならないのだ。だって友達の相方の名前すら知らなかったのだから。
誰かに取られたくない嫉妬心からか、過去に引き戻したくもなる――。
「――なあ焔衣」
「あー?」
「覚えてるか? ラーメン一緒に食べたよな」
「おう、覚えてる覚えてる。あん時は金なかったよなあ~、飢え死にしそうだったぜ。いや~まいったまいった」
たはは、と後頭部に手をおいて力なく笑う狐姫。
「1袋をルーシーと分けて食べたっけ。あまりのウマさで涙がでちゃってさー、貴重な塩分出ちゃうよな。ところでおまえ『一杯のかけラーメン』て話知ってる?」
「知ってる知ってる。家族3人で大晦日に……」
「ぜんぜん違う。バカ姉妹・食い倒れデスマッチの話」
「ぜんぜん知らない」
「あ、そ。まあいいや」
狐姫、お冷をひとくち。
つられて恋音もひとくち。
この瞬間だけは友達と時間を共有できる。誰にも取られることのない時間――恋音の胸の奥、そんな気持ちがしっかりと生まれていた。
「――昔さ、残ったスープに卵と白米を入れておじやにしたじゃん? ルーシー覚えてる?」
「それなー、お金無かったけどうまかったなぁ」
食事のおいしさは金額で決まるものではない。ふたりはそれを知っている。好きな友達と一緒の食事は最高の調味料だ。
狐姫が威勢よく拳を作った。
「なかでもイチオシしなのが『ひき肉たっぷり辛みそラーメン』あのクオリティで148円(税込み)。ひき肉がふんだんに投入されたとろみスープが麺によくからみ食べるものの舌にこれでもかというほどの存在を主張してくる。残ったスープにお湯をたしてゴハンにぶっかけ温泉たまごを投入つづいて付属の特性とろみダレを投入する追いダレスープといった濃い味つけをおいおい追いダレスープかよと発狂さながら瞬時に味変を理解できるほどの匂いを漂わせてくるし食べる者の食欲を、スゥ、あおるあおる……」
「最後のほう息つぎしたな。必死かよ」
渾身の主張を繰り返す相手。息が続かぬほどのウンチクがウザい――と、頬杖ついて冷ややかな視線をおくる恋音。
「ちょっとタンマ、しゃべりすぎた」
狐姫がグラスを手にする。
ごきゅっごきゅっ。お冷をあおり続投。
「――ぷはぁ。さいきん俺がオススメなのが袋めんの替え玉。1袋だと足りないボーイ&ガール。そんなやつらに捧げるレシピ。スープ濃いめにして2玉食うスタイル」
「2袋も使うの? スープでお腹たっぷたぷになるよな?」
「1袋はとっておいて、あとでチャーハンに使う。熱したフライパンに油をひいて卵白をぶち込む。そこに白米とスープの粉を投入、ネギとかまぼこ、あまったチャーシューをサイコロ切りにするのも忘れないぜ」
「フライパンをよく熱しておくと米がパラパラになるよな。で、あまった卵黄は?」
「あとがけ。皿にもったチャーハンの上にのせて、レンゲで崩しながら絡めて食べるスタイル。濃厚まろやか、俺風チャーハン」
「いいな! 低価格にオシャレをぶち込むスタイルな! 材料も庶民路線を崩してないな! 餃子の玉将に対する無謀なアンチテーゼな! 焔衣いい度胸してるな!」
瞳を輝かせる恋音。
「ちなみに昨日、玉将の月見チャーハン食ってきた。そちらもうまかった。ごっつあんです」
キリッ。ドヤ顔の狐姫。
お菓子論争にも引火。もう大火災は避けられない。誰か消防車呼ぶ準備をしといてくれ。
「ルイルイ製菓の新しいクッキー食った?」
「知ってるー! 食べた食べた! あれ超うまいな!」
「お? ルーシー、さてはルイルイ製菓イケるクチだな? 溶けたチョコみたいな喋り方しやがるクセにー」
「ほっとけ」
しまりのない口調は自覚している。
ルイルイ製菓のチョコクッキー。クッキーと思いきや、パイ生地をベースとした触感で多くの甘党のハートをわしづかみ。それは狐姫も例外ではない。
「そう、ルイルイ製菓のチョコクッキー。俺はあいつにハートをやられちまったのさ、ばきゅん☆ フッ」
指鉄砲の先に息を吹きかけ、思いのたけをつづりはじめる。
「ルイルイクッキーがない日、気がつくと俺はいつも机の角にかじりついていて、犬歯と脳内でその触感を味わっているんだ」
「戻ってこーい」
狐姫が遠い目で空を見あげる。すでに心は妄想の彼方。どんなに声をかけても戻ってくる気配はない。
「あのサクサク感、敏感、いよかん、大食漢♪ YO! YO! 高揚感♪ まるでチョコパイ腹いっぱい♪ 甘党そろって胸いっぱい♪」
「誰も乗車してないのにアクセル踏み込んできた……」
ポカンと口をひらいて聞き入る恋音。もう目の前の害獣を止めることは誰にもできない。
「そうして俺は、今日もポケットに忍ばせた材木をかじりつつ、スーパーに行く、コンビニに行く」
「病院に行け、病院に」
狐姫のバカっぷりに付き合わされる恋音は、死んだ魚のような目をしていた。
話はカップ麺に舞い戻る。
「なあルーシー。カップ麺は何食ってる? 昔のやつ?」
「うーん、それはもう食べてないな。最近はクッターが好きな」
「クッター? 生めんのヤツ?」
「それな。生めんのな」
すると今度は恋音が拳をつくって立ち上がる。ここからアツい語りが始まるのだ。
「クッターは味の種類が豊富。なかでも小生イチオシなのがクリーミーシーフード」
「あ……あっさり系なのに、クリーミー、だと?」
愕然とする狐姫に、鼻を高くした恋音が追い打ちで一気にたたみかける。
「ふふん。だが小生はあえてワンランク上を攻める。お湯は適度に減らして味を濃く。そこに細きりめかぶを投入。魚介系あっさりクリーミーかつネバネバ系の3コンボに、小生は舌つつみをポンポンポンポン打ちまくり。おいおいうるせーよといったご近所からの騒音被害もさることながら触感とおいしさまでもが加わった5コンボ、否、6コンボに小生の体は……、ヌルヌルネバネバと糸を引きまくり」
「ふーん」
生返事の狐姫がおしぼりのビニール袋であそんでいる。
「ぜんぜん聞いちゃいないな焔衣」
「クッターなんて新参者じゃん。歴史浅いだろ」
恋音が呼吸を整えて座り直す。
「歴史の問題じゃないよ。今の小生に合うかどうかよな」
「あっ、ルーシーおまえ浮気だろそれ。食いもんの好み変わったのん?」
「浮気とかそういうのじゃないよ。心も立場も、時とともに進化し続けてこそだよな」
「へえ、深いな。俺なんてサッポロナンバーワンから抜け出せんわ」
いつの間にか大人っぽいことを口にするようになった恋音に少し距離を感じてしまう狐姫。グラスの氷が解け、音を立ることに不快感を見出してしまう。形あるものが変化して壊れてゆくのが嫌だった。それを不快とも呼べたし、恐怖とも呼べた。
狐姫の心に追い打ちをかけるかのように、恋音は話を続けた。
「いつまでも古いものに縛られるのは怠惰の引き金だよな。新しいものをどんどん取り入れていかないと進化は得られないよな」
窓の外に目をやる恋音。その横顔の寂しさたるや、得体の知れない闇を抱いているかのよう。そうやって狐姫の心に影を落としてゆく。
新しいものと古いもの。どちらを追い求めるかは好みの問題だ。だが向かう方角が真逆である以上、互いの距離は2倍の速度で開き続け、共有した時間は崩壊してゆく。
雑談中、狐姫が窓の向こうに知った顔を見つけた。
「あっ、噂をすればなんとやら。ちょっと待ってろルーシー」
「トイレ? 大?」
「コロスぞ」
おもむろに席を立ち、店を出て行く。食い逃げか? と思われる矢先、黒髪ロングを連れて戻ってきた。
恋音の前に立つ長身の女性。モデルのようなスタイルに思わず見入ってしまう。
「紹介するぜ。これがさっき言ってた御殿。電池2本で動くぜ。ほら御殿さん、ご・あ・い・さ・つ♪」
上から上から。超えらそう。しかも
いきなり店に連れ込まれた御殿だったが、だんだんと状況がつかめてくる。あらためて恋音に向き直り、笑顔を作った。
「はじめまして。わたしは
「は、はじめまして。小生、
いつになく改まった態度の恋音。狐姫の手前、ちょっと恥ずかしい。
「いつも狐姫と仲良くしてくれてありがとうね」
「……いえ。気に、するな」
頬を赤くしてモジモジした態度をとる。
そこに狐姫が割り込んできた。
「俺、御殿と一緒に住んでるんだ」
「い、一緒に!?」
恋音が素っ頓狂な声をあげた。
「あれ、言ってなかったっけ? ……わりぃ」
気まずい空気が流れた。
友人同士の雑談に割り込むのも気が引けると感じた御殿だったが、抵抗むなしく、狐姫に無理やり座らされる。
恋音は御殿に温度差を感じていた。自分の前から狐姫を連れて行ってしまった人物でもあり、心よく打ち解けるのが難しかったのだ。
同じ暴力エクソシストということもあり情報交換には花が咲いたが、それでも心を開くまでには至らなかった。
狐姫の横で御殿が紅茶のカップを手に取る。
「――なにせ出逢った頃の狐姫ときたら人の食べ物を勝手に食べるわ、飲み物も平気でふんだくるわ。食べたら食べたで食器もゴミも散らかし放題」
そこに片付けるという概念が伴っておらず、手を焼かされたものである。注意すれば「うるせえ文句あっか」と突っかかってくるわ、片づけを教えれば耳をほじって人の話なんてきいちゃいない。手を焼かされたものである。
「それがどうでしょう、今の狐姫ときたら炊事洗濯掃除……、あらゆることを身に着けてくれたわ、うっ……」
口に手を添え顔をそむける御殿。おかあさん嬉しい、と言わんばかりに涙もホロリ。よくもまあここまで成長してくれたものです。
「いやぁ~それほどでもぉ~」
狐姫、頭をかきながらのテレ隠し。褒められると伸びる子なんです。やればできる子なんです。
「ま、アレだよ。これからは家政婦狐姫ちゃんて呼んでくれよな!」
親指立ててのドヤ顔。白い歯をキラリと光らせご満足の様子。
そこで周囲の客たちが一斉に立ち上がる。
「よ、待ってました家政婦狐姫ちゃん!」
「家政婦狐姫!」
「家政婦狐姫ちゃん!」
老若男女。サラリーマン、主婦、学生。一斉に声を張り上げ、狐姫に向かって拍手喝采。
「え、ちょ、誰!?」
困惑する狐姫だが、見ず知らずの熱い声援に押し切られてしまう。
「お、おう。ありがとう! 本当にありがとう!」
「「「家政婦狐姫! 家政婦狐姫!」」」
多くの人にそう呼ばれ、狐姫は家政婦の道を歩み始めました。
こうして狐姫は暴力エクソシストを卒業し、新たなる階段をのぼりはじめたのです。
その後、物語はハッピーエンドを迎えたのでした――。
完
こが先生の次回作に乞うご期t
「――いや、
狐姫がさっそく御殿に突っかかる。
「やい御殿! おまえよくも俺サマの黒歴史をバラしてくれたな? なんか恨みでもあんのか?」
ズビシィ! 巨乳をさす指に怒りを込める。
すかさず御殿が反撃に出る。
「人のアイス勝手に食べた。チーズケーキ勝手に食べた。おまけに後片付けまでやらせた。それから――」
ウップンをだらだらと並べる御殿。食べ物の恨みは恐ろしい。
「かあ~、またそれかよ! 半年前の話じゃねーか、もう忘れちまえよ! 」
ぐうの音も出ない狐姫のまわりで、ふたたび客たちが一斉に拍手する。
「よく言った黒髪ロング!」
「人のケーキ食べるなJC!」
「食器片づけろJC!」
「うるせえっ、おまえら拍手してんじゃねーよ! それと人の家庭にいちいち首突っ込むな!」
狐姫は乱暴に席を立つと恋音の手を引き、店を出て行く。
「お、覚えとけよ! 今日はこのくらいにしといてやんよ! 行くぞルーシー」
その背中に御殿の声がかかる。
「夕食までには戻ってくるのよー」
「うるせーばーかっ」
狐姫が交差点の真ん中で振り返り、罵声を上げて消えていった。
夕暮れ時。
流船駅には会社や学校帰りの人々がちらほら見受けられた。
狐姫が恋音の顔色をうかがうように覗き込む。
「――さっきは悪かったな。無理やり御殿を連れこんじゃってさ」
「気にするな。焔衣の相方なら歓迎するよ」
「ルーシーにだけは紹介したかったんだ。黙ってるのもなんだか胸のなかがモヤモヤするっていうか、なんてゆーの? とにかくおまえには御殿のことを話しておきたかったんだ」
「焔衣は咲羅真のことが好きなんだな」
「ば、ばっか。ちげーよ」
狐姫は顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
「なあルーシー。御殿も言ってたべ? いつでもメシ食いにきていいからさ。紹介したいやつら、他にもいるからさ」
「……うん」
「遠慮はナシだぜ?」
狐姫が白い歯を見せてニカッと笑った。
恋音は返事をせず、狐姫の一歩前に出る。
「嬉しかったよ。焔衣が大切な相方をゲットできたみたいでな。そろそろ帰らなきゃな。楽しかったよ、またな」
背を向けて去ってゆく恋音。
遠ざかれば遠ざかるほど、心も離れてゆく――人間同士のつながりにおいて、そんなことを聞いたことがある。狐姫には、それがたまらなく嫌だった。
「ルーシー」
修道服の背中を呼び止めた。
「ん?」
振り向く恋音にふたたび言葉を投げる。
「俺、いつでもおまえの味方だからな! なんかあったら言えよな!」
恋音はにこりと笑うと、無言で大手を振って夕焼けに消えた。
ひとり残された狐姫は、ふたたびポツリとつぶやいた。
「本当に、なにかあったら言えよな……」
非情な指令
レプラに戻った恋音は社長室に呼び出された。前職の雇用主が見つかったとのこと。これは恋音にとって嬉しい知らせだった。
金盛がだらしなくニヤつかせた顔を恋音に近づけた。
「探しているのはその男だろう? んん~?」
恋音が手にした写真には白衣の男が写っていた。長身かつ少し体格のよい、だが不健康にやつれた初老の男だ。
体中に殴られた跡があり、全身血まみれ、顔もじゃっかん腫れあがっている。拷問にかけられたものと推測できた。
「か、
悲鳴に近い声を上げる恋音。
金盛は大げさに驚くと、わざとらしく声を振り絞る。
「そうそう、
「い、違法なプロジェクト?」
息をのむ恋音に、金盛はさらに不安をあおるような説明をはじめる。そうやって少女から正常な思考をジワジワと奪ってゆく。
「なんでも、妖精の力を使って兵器を作り出す研究らしい」
神城はシュベスタを離れた後、何かから逃げるように、家族を連れて地下へと移り住んだ。
その数年後、用心棒として恋音を雇うことになる。
だがある日を境に、神城は家族とともに姿を消した。
ひとり残された恋音のもとに金盛が訪れたのは、その後の話である。
「こりゃあ酷い拷問だなあ~。神城静也は寝ることも許されずに毎日悲鳴をあげ続けているのだろう、おお~かわいそうにぃ~。すぐに助けなきゃいかんなあ~」
「なんてひどいことを! この人は今どこに!? 他の家族は!?」
身を乗りだすように聞く恋音。溢れる感情からか、今にも泣き出しそうだ。
それをなだめる金盛。ワシだけはおまえの味方だよ、と言わんばかりに優しく、小さな肩にそっと手を置いた。
「獅子、おまえが慌てるのも無理はない。神城静也はある連中に捕まってはいるが生存の確認だけは取れている。もちろん家族も無事だ」
「そ、その残虐な連中は何者だ? どこにいる? 今から行ってぶっ飛ばしてきてやる!」
「まあ落ち着け」
金盛は恋音からはなれて葉巻を手にすると、分厚い唇から煙を吐き出した。
「ただその前に、少しばかり邪魔なヤツらがいてなぁ……」
「邪魔なヤツら? 用心棒か?」
恋音が険しい顔をつくると、金盛はうっすらと瞼をひらいて邪悪な眼光を見せつけた。
「――ああ、人間と獣人の暴力祈祷師コンビだ。なんでもハイヤースペックという能力を使って各業界を腕力で黙らせては幅を利かせている。アングラでもかなり目障りな連中らしい」
「ハ、ハイヤースペック? へえ、初耳だな」
恋音が冷汗を流して息をのんだ。
それを楽しむように金盛は話を続ける。
「人間のほうは八卦のひとり。妖精の力を用いて能力を発動するハイブリッド・ハイヤースペクターと言われている」
「は、八卦? ハイブリッド? へえ……」
金盛の口から次々と飛び出してくる謎ワードに、目を白黒させる恋音。情報戦において、すでに置いてけぼりを食らっていた。
「そのコンビが先日から我が社に探りを入れてくるようになった。偵察がてら、こちらの弱みでも握ろうと企んでいるのだろう。業者同士のつぶし合いは珍しいことではない。だがワシらがつぶされれば、神城静也の救出も困難になる。むろんその家族もだ。分かっているな?」
「無論だ。で、小生はそいつらを排除すればいいんだな!?」
他愛もない仕事だと恋音は思った。が、すぐさま想定外の事実を突きつけられる。
金盛は机の上に写真を放り投げ、恋音に次の仕事を差し向けるのだ。
「獅子、そこに写っている暴力祈祷師ふたりの首を持ってこい――」
恋音は写真を手にした瞬間、凍りついた。
そこに写っていたのは黒髪ロングの女性、そして……
(――焔衣)
狐姫と御殿の写真を見つめる恋音は終始、無表情のままだった――。