11 八卦 獅子恋音しるこ れおん


 灼熱の嵐が吹きすさぶ中、恋音は固唾を呑んだ。
「――小生に、ソレイユを殺せというのか?」
 ソレイユの細胞には八卦のデータが書き込まれている。心臓の一部にそのデータが埋め込まれている。血の滴る臓物を手で取り出し、それをよこせと金盛は言ってのけたのだ。
 悪霊に憑りつかれているであろう神城親子は、時間が経つにつれ完全に悪魔に体を乗っ取られる。そうなったらもう、人間には戻れない。ゾンビのように魔界を彷徨うのだ。それは恋音にとって苦痛よりも激しい痛みの日々である。

 神城親子の命――。
 ソレイユの命――。

 それらを天秤にかけること自体が恋音にとっては拷問に等しい。大切なもの同士を選べだなんて即答できるわけがないのだ。
 かといって迷っている時間もない。そうこうしている間にも時は消えゆき、最悪すべてを失いかねない。

 ――だがなぜだろう? 恋音はとても落ち着いていた。すべてを諦めたかのように、しがらみから解放されているかのように。疲れ果てた者にとって、目の前の困難はそれほど苦ではないのだ。
 恋音の魂は、眠りかけていた――。

 恋音は横たわるソレイユの体を抱き寄せると、心臓あたりに手を添え鼓動を感じ取る。
「心臓が灼熱のようだ。八卦のデータを守り切れなくなっている……」
 今にも炎の玉となって飛び出しそうな心臓を左手で押さえつけ、右手で手刀を作った。
(心臓を取り出せば、ソレイユは助かりそうだな)
 執刀医のように、とても冷静でいた。命を奪うという概念さえ感じ取れなくなっている。額から滝のように流れる汗。脇にびっしりとたまる汗。全身汗だくになりながら、惨い選択を突きつけらてもなお、心に荒波はなかった。
(心臓からデータを取り出して、また元に戻せばソレイユへの負担は軽減されそうだ。瞬時に心臓を取り出すのは不可能ではない。だが元の位置に心臓を戻すには神城の協力が必要だ)
 恋音の判断は非常に冷淡なものだった。

 (どの道、もう後がないな――)

 そう思った時だ。ソレイユの皮膚に何やらチップのようなものが浮かび上がる。それに気づいた恋音はニヤリと口元を緩めた。

 恋音はソレイユの首に左腕を回して抱き寄せると、右手の手刀を毛並みのそろった皮膚に捩じり込んだ。

 ぐぐぐ……。

 生暖かい皮膚がへこみ、爪先に皮膚を斬り裂く感覚が走った瞬間、ソレイユは痛みで体をよじった。
 それに気づいた恋音は慌てる様子もなく、ゆっくりと手刀を引っ込めた。
「――ごめんなソレイユ。痛かったよな、よしよし……」
 数秒前まで手刀を突き立てていた部分を優しくさすってやった。皮膚は火傷しそうなほどに熱かった。が、次第に熱は引いていった。
 恋音はその場にしゃがみこむ。大切な者から命を奪うことなど想像したこともなかった。だが今となっては命を奪う必要もなくなった。なぜなら恋音はたった今、ひとつの目的を成し遂げたからだ。

 恋音は金盛に気づかれぬよう、握ったそれ・・を自身の炎でコーティングして、そっと懐にしまう――。

 玉座でイラつく金盛。
「あ~~~~~~、じれってえなあクソガキがあああよお~~~~~。あれも選べない。これも選べない。テメェは何なら選べるってんだよ! さっさと心臓取り出せよ優柔不断の馬鹿野郎があああ!」
 しまいには、その巨体でドスンドスンと地団駄を踏みまくった。
「どの道テメェは何も選べず、誰も助けることもできずに一生を終わらせるんだ! 何も選べず、何も決断できず、何も手に入れることもできずに後悔を抱えたまま死んでゆくのさ。そうしてこういうセリフを吐くんだ――」
 地面に突っ伏す恋音を金盛は指さし、トドメの言葉を突き刺した。
 
「『小生は愛する者たちを守れなかった。小生は過去に傷を持つヒロイン。ねぇそうでしょう? 小生かわいそうでしょう? みんな見て、小生に同情をよせて』ってな! テメェは自分が可愛いだけなんだよ! かまってちゃんなんだよ! しっかりものの優等生なんかじゃねえ、悪役に引き立ててもらっていい子を演じているだけだ。ひとりでは何もできない依存性の塊なんだよ! 誰かがいないと自分を維持できねえ役立たずの偽善者なんだよ! 悪役に寄生する、ただの正義ダニなんだよ!!!」

 恋音は過去を振り返る――。
 思えば狐姫に悪役を押し付けていた。暴走する狐姫を横に立たせれば、自分の優等生っぷりが引き立つ。
 狐姫だけではない。今まで劣等生たちと比べられてきたから恋音は優等生でいられたのだ。比べるものがなければ、ただの役立たずである。
 殺虫剤は害虫がいるからもてはやされる。害虫がいなくなればお役御免。誰からも見向きもされなくなる。
 金盛は言い放つ。


「ヒーローっつうのはよぉ、悪役がいるからヒーローなんだ。
悪役が全滅したらヒーローは全員リストラだろーが!
ゆえにヒーローを正義たらしめるのは悪!
そして引き立て役がいなくなったお前は、ただのゴミ虫なんだよ獅子恋音!」



 悪がいなければ正義は成り立たず――正義の味方は、いつだって悪役に支えられて生きている。ひとりでは生きられず、そのクセ守ってやったと自画自賛。とても傲慢な生き物なのだ。

 狐姫がいたから恋音は良い子として見られていた。その引き立て役がいなくなれば、恋音は誰からも相手にしてもらえなくなる――良い子の座を退いたら、優等生じゃなくなったら、正義を取り上げられたら、誰も自分を見てくれない。白い目で見られ、やがて悪役として見られ、世界から排除される。恋音は悪役に飲み込まれてゆく。それは孤独を意味するものであり、とても怖いことだった。

 ――だが、それもこれも、すべてはどうでもよいこと。
 もう、吹っ切れたのだ――。

 この数時間で歩いてきた道のりは、良い子のそれとはかけ離れている。たった1冊のファイルを手に入れるために暴力を駆使し続けてきた。もう、引き返せない。そんな思いが恋音を静寂へと駆り立てる。
「ほお、やけに冷静な顔をしているなぁ、偽善者で役立たずの獅子恋音?」
「小生は世界の人たちが笑顔でいられるように望んでいた。だってたくたんの人に親切にしてもらったから。この世界は非情かもしれないけれど、慈悲だって溢れている。小生はそれを知っている。神城だって小生を大切にしてくれた。正義とかそういうのはどうだっていい」
「無理すんなよメスガキがよお。おまえ、もうコミュニティに顔向けできる立場じゃねーだろうがぁ。暴力祈祷師の業務だって、すべては自分可愛さのためにしてきたことだろうがぁよぉ」
「……」
 面と向かって言われると、素直にうなずけない。もちろん暴力祈祷師の仕事を保身のためだけでこなしてきたわけではない。心底には多くの人の笑顔を願う思いがあったのは事実。そしてそこには、狐姫の笑顔もあったのだ。

 多くの人の笑顔を願っていたのに、なぜか恋音は世界からのけ者にされかけている――それを理解したら、なんだか虚しくて、とてもやりきれない思いに陥ってしまうのだ。

 そんな時、ソレイユが痙攣をはじめる。
「おお? はやく心臓を取り出さないと犬っころは全身の血液が沸騰して皮膚がケロイド状になっちまうぞぉ? 全身がドロドロに溶け出してゆく姿なんざ見たくないだろう? ほれほれっ、犬っころが苦しそうにしてるぞお? 早くトドメをさしてやらんか。それも優しさだと思うがのお? 世話になったんだろお? んん~?」
 切羽詰まる恋音を、言葉巧みに煽り続ける金盛。
 早くしないととんでもないことになるぞ? ――焦る者から時間を奪い、正常な選択肢を奪い、地獄へと墜とす常套手段。詐欺師が使う謳い文句だ。今の恋音はもろに、その術中にはまっている。 ……金盛は、そう思い込んでいる。

 そんな時だ。突如、物陰からリーノが飛び出す!

「そんな奴の言葉に騙されちゃいけないよ!」
 恋音が振り向くと、そこにはワイズナーを背負ったフェアリーフォースの隊員の姿。
「フェアリーフォース? ファイルを追ってここまで来たのか!?」
 恋音は身構えたが、リーノの言葉で足を止めた。

 リーノは恋音の前に着地すると、金盛をビシッと指さした。
「リーノ知ってるの! 怖くて何もできないのはオジサンなの! うまい言葉でたぶらかして、巧妙な言葉で恋音ちゃんを煽って、恋音ちゃんに何でもやらせようとする悪い奴なの! 妖精の風上にも置けない奴なの!」
 リーノと向かい合う金盛が玉座から立ち上がった。
「ぬああぁんだとおおおおおぉ? 薄らボケッとしたツラしやがって! テメェそれでもフェアリーフォースかよ! いかにも『仕事できませぇんなの~』って腑抜けたツラじゃねえかブス! メズガキ!」
「うるさいの! レディに対して失礼なの! 人の顔を笑う前に鏡を見るの! オジサンは人に仕事をさせて自分はオイシイところだけ持っていくズルい奴なの! ちゃんと自分で働いてオチンギンもらえばいいの!」
「はぁ~? オチンギンだのオチンチンだのウッセーんだよ! 鏡なんていつも見てますぅ~。ワシは最高にイケメン男子ですぅ~」
「全然違いますぅ~! イケメン男子ていうのは、だらしない鏡餅みたいな造形をしてないの! もっとこう、なんていうか……オジサン以外の全生物なの!」

 リーノと金盛、互いにツバを吐き散らしながら訴える。理想の相手は人それぞれ。

 リーノはドヤ顔を作ると、金盛の背後を指さした。
「オジサンそんなに自信があるなら、後ろにある大きな鏡で自分の姿を見てみろバーカなの!」
「ああん? バッカヤロウ、鏡なんてあったかあ?」
 振り向く金盛。背後をキョロキョロ見回しても鏡なんてどこにもなかった。
「鏡なんかねぇだろーが、バカにしやがってバカヤロ……」
 ふたたびリーノと視線を合わせた金盛だったが……
「おりょ!? 誰もいねえじゃねーか! 壺もねーじゃねーかバカヤロウ!」
 金盛の隙をついたリーノが壺を引ったくり空高く放り投げる。
「京極隊長、パスなの!」
「任せろ!」
 上空をものすごい速度で突っ切る麗蘭が壺をキャッチすると、そのまま絵画の出口に消えていった。
 リーノも恋音とソレイユを連れて、とっくに逃げていた。
「おおおお~ぬのおおお~るれええええ!」
 荒野に脂肪の塊と玉座が残された。


恋音の葛藤


 金盛の前から恋音をかっさらったリーノ。羽を広げて全速力で飛翔しながら社長室をめざず。そこにはキャビネットの詰まった出口が待っている。
 大樽の壺は麗蘭が持ち去った。街に広がった赤霧を封じ込めることができるだろう。
 リーノの左手には恋音。優秀な暴力祈祷師だ。絵画の中で失うわけにはいかない。
(よし、ソレイユの熱は引いているな)
 恋音はグッタリしたソレイユを抱えながら灼熱の向こう側を見つめていた。未来に絶望を抱きながらも神城親子の身を案じていた。
 恋音の表情を察してかリーノが口を開いた。
「神城博士と沙耶ちゃんなら無事なの。想夜ちゃんたちが外に連れ出したの」
「――そうか。ふたりとも無事か」


――よかった。


 安堵の恋音。その表情に少しだけ明るさが戻った。

「それよりも外に出ようとする暴魔で出口がいっぱいなの。これじゃ外に出られないの」
 ションボリするリーノ。
 恋音が出口付近に目を向けると、そこは暴魔で溢れかえっていた。
「なるほどな。ところで、おまえのベルトに実装されているのは聖水だな? その聖水を使って切り抜ける。貸してくれ」
「わかったの」
 リーノはベルトにくくり付けた聖水を恋音に手渡した。
「よし、そこの岩陰に下してくれ」
「はいはーい」
 タクシー運転手よろしく、リーノは恋音とソレイユを下ろして岩陰に身を潜めた。
「あと、これも1粒あげるの」
 リーノは霞喰丸かじきがんを恋音に手渡した。
「なんだこれは」
「これを飲めば少しだけ赤霧に耐えられるの。最後の1粒なの。リーノはさっき飲んだから恋音ちゃんにあげる」
 恋音は霞喰丸を不思議そうに見つめたあと、リーノにつき返した。
「不要だ」
「で、でも……」
 リーノは恋音の態度がひどくドライに思えた。長時間、赤霧のなかにいる恋音の精神力に驚愕もしていた。誰が見ても恋音は暴力祈祷師のエキスパートだ。

 キャビネットが挟まった絵画の向こうでは銃声が響き、狙撃が始まっていた。出口には外に出ようとする暴魔の群れ。そして入口には狙撃された暴魔の残骸。それらを取り除かなければ外には出られない。

「小生の聖水では足りないな。そっちの聖水も貸せ!」
「はいなの! おかわり自由なの。御殿ちゃんが持たせてくれたの」
「御殿? ……咲羅真か」

 おもしろくない感情――恋音にはそれが嫉妬だとわかった。狐姫を奪った暴力祈祷師にイラつきを抱いた。

 恋音は群がる悪霊に狙いをさだめ、立て続けに聖水アンプルを投げつける!
 ジュッ、ジュ、と焼け付く音とともに悪霊たちが蒸発してゆく。そうやって即席の魔界に道を切り開く。
 暴力祈祷師が投げる聖水の命中率たるや、非常に効率よく悪霊に命中させる。恋音の投げた聖水により、悪霊は次々と蒸発していった。

 そうやって作られた1本道の先に、小さな光は見える。キャビネットが挟まった人喰い絵画の口角だ。

「恋音ちゃんすごーい! 邪魔な悪魔が消えたの。岩陰から出口までの逃げ道が出来上たの! ……でも、あの隙間だとふたりは出られないの」
 ションボリと肩を落とすリーノ。絵画の口角の隙間、そこから逃げられるのはひとり。ひとりが逃げている間に悪魔の群れが押し寄せてくるだろう。
 恋音はリーノの肩に手を置いた。
「おまえはソレイユを連れて外に出ろ。神城と沙耶も無事なんだろ? 小生はそれで十分だよ」
「じゃあ、恋音ちゃんはどうするの? ここまで来てここに残るだなんて言わないよね? そんなの自分勝手なの」
「どのみち小生は外に出るつもりはない。出たところでコミュニティからは解雇され、フェアリーフォースに連行される未来が待っている。晒し首になるのも結構だけど、なるべく余計な時間は省きたい。神城と沙耶とソレイユを救出できればそれでいい。金盛のことは任せておけ」

 悪に染まり、拒絶され、白い目を向けられる未来――それでもいいと、恋音はすでに腹をくくっていたのだ。

 それを聞いたリーノはたまらなくなって大声を張り上げてしまう。
「そんなの勝手すぎるよ!」
 なかば泣き叫ぶように訴えた。
「え?」
 恋音は正直面食らった。ほののんとした性格のリーノがいきなり大声をあげたのだ。驚かないわけがない。
「自分がカッコつけることばかり考えて、悲しむ人のことなんてちっとも考えてないんだもの! 恋音ちゃんは狐姫ちゃんがどれだけ悩んでいたかわかる? 狐姫ちゃんがどれだけその背中を追いかけていたか、その時の表情を見たことある?」
「……」
 答えられない恋音にリーノが追い打ちをかける。
「見えるわけないよね? だって恋音ちゃんはいつも狐姫ちゃんの前を走っているんだもの! いま狐姫ちゃんが苦しんで、それれでもキャビネットの向こうで必死に戦っていることだって知らないんだもの!」
「焔衣が、キャビネットの向こうに?」
「獣人コミュニティとかフェアリーフォースとか関係なく、狐姫ちゃんは恋音ちゃんを守りたいんだよ! 恋音ちゃんが笑顔になれるように頑張っているんだよ! 恋音ちゃんが帰ってくるのを待っているんだよ! なのに、どうして未来を作ってゆくことを選ばないの? それって自分に対する冒涜でしょう? 恋音ちゃんは言うべきだよ! 狐姫ちゃんにちゃんと伝えるべきだよ! 『自分を殺してまわりを優先することに疲れました』って、ちゃんと伝えてよ! もっと自分に優しくしてあげてよ! じゃないと恋音ちゃんの心、張り裂けて、死んじゃうよ……」

 他人ではなく、自分を優先する。もっと自分に優しくあれ――その言葉を耳にした途端、とつじょ恋音の表情がこわばり、やがて力の抜けた笑顔に変わる。ほっとした表情だ。

(そうか。小生は、その言葉が欲しかったんだ――)

 恋音はゆっくりと顔をあげた。
「ありがとう、フェアリーフォース。でも、もういいんだ」
「恋音ちゃん?」
「小生は、ここに残るって決めてきたんだ――」
 恋音はそう告げるとリーノの上着を掴み、絵画の外へと放り投げた。
「恋音ちゃん! 待っ――」
「ソレイユを頼む――」
 ソレイユを抱えたリーノが絵画から脱出した瞬間、キャビネットが絵画の口でに食いちぎられ、即席の魔界は閉ざされた。
「恋音ちゃん! 恋音ちゃん!」
 社長室に出たリーノは絵画を殴り続けたが、その大口が開くことはなかった。


神城の除霊


 社長室には蒸気が充満していた。マグマを扱う狐姫が片っ端から死霊と暴魔を焼き払っているのだ。

「おい、キャビネットの向こうから想夜たちの声が聞こえるぜ!」

 狐姫の聴覚が想夜の声をとらえた瞬間、キャビネットの隙間からサンタクロースみたいに大袋を抱えた人影が出てきた!

「神城博士と沙耶さんを見つけてきました!」

 絵画から飛び出してきた想夜と継紗つかさは、シルクの繭に包まれた神城親子を社長室の床に置いた。

 すぐさま麗蘭がかけよる。
「ふたりとも大丈夫か!?」
「沙耶さんに憑りついた妖精は帰界させました。でも憑りついた悪魔はウチらじゃどうすることもできません!」
「京極隊長、すぐに御殿センパイに来てもらわないと!」
「よし、すぐインカムで呼び出そう!」
 麗蘭が御殿たちと連絡を取り始める。

 悪霊に憑りつかれた神城と沙耶が、白い繭の中で狂ったように暴れている。
 1分たたずして、御殿と沢木が飛び込むよう社長室に入ってきた。

「ふたりとも離れていなさい!」
 御殿が腕をまくりながらツカツカと近づいてくる。
 想夜と継紗がシルクの繭をはぎ取ると、その中から黒く変色した神城親子が襲い掛かってきた!
「おうおう、おいでなすった!」
 沢木は歓喜をあげると神城に足払いをかまして転倒させ、立て続けに沙耶にソファを投げて弾き飛ばした。いささか乱暴だが、こうでもしないと暴力祈祷師が食い殺される。
「狐姫は沙耶さんを、沢木さんは神城博士をお願い」
「まかせろ!」
「あいよー」
 狐姫と沢木が神城親子に覆いかぶさり、体の自由を奪う!
「我々も手伝うぞ!」
 麗蘭、想夜、継紗も一斉に神城親子の手足を押さえつける!

 除霊が始まる――。

 御殿は沢木と一緒に神城に覆いかぶさり、暴れる神城の額に手をあてながら素早くラテン語を読み上げる。
「主よ、この者の御霊に憑りついた悪しき魂を――」
「ギャウウウ! ギャウ!」
 牙を剥く神城には知性の欠片もない。悪魔に憑りつかれると人格が豹変する。
「完全に憑依されたら元に戻らないぜ! 御殿急げ!」
 うつ伏せで暴れる沙耶を狐姫が必死に押さえつけている。

 そうこうしているうちに御殿が神城の除霊を済ませ、憑りついた悪霊を追い払った。

「――おし、こっちは終わったぞ! 咲羅真急げ!」
 御殿と沢木が沙耶に走りより、狐姫と一緒に押さえつける。フェアリーフォースの3人もそれに協力する。
 想夜たちフェアリーフォースは、ただ呆気にとられている。悪魔退治は専門家に任せるしかないのだ。
「ギャウギャウウウ!」
 狂ったように暴れる沙耶が沢木の肩に食らいつく。厚手のコートに牙が食い込み、繊維を斬り裂く! 皮膚に達していたら肉ごとえぐられている。
「痛ってぇ! 女子供に憑りついたからって調子に乗ってんじゃねえぞ三下野郎がよお!」
 ガッ。
 沢木が沙耶のこめかみに肘を叩き込んで黙らせる。目の前の沙耶は人間ではない。暴力祈祷師は悪魔に容赦がない。


 ひとまず神城と沙耶の体から悪霊を追い払うことに成功――。

「――ふう。50手前までくると体力に衰えを感じるねえ……」
 沢木が額の汗を拭い、タバコに火をつけようとしたのもつかの間、とつじょ絵画の口の隙間からキャビネットを押しのけて人影が出てきた。即席の魔界から出てきたのはソレイユを抱えたリーノだけだ。
「おいルーシーは? 見つからなかったのか!?」
「大変だよ狐姫ちゃん! 恋音ちゃん、リーノとソレイユこの子を逃がすために、ひとりだけあっちに残っちゃった!」
 半べそのリーノが狐姫にすがりつく。その両肩に狐姫は手を置くと、まっすぐに見つめて言った。
「まだ絵画のなかにブタ野郎もいるのか?」
「うん。恋音ちゃん、あのオジサンを殺しちゃうかも! そんなことしたら重い罰を受けるんでしょ?」

 狐姫は瞼を閉じると御殿に向かって静かに口を開いた。

「――少しでも、未来を変えたい」
 狐姫の言葉を聞いた御殿は、連れてきた奈美を先頭に促した.
「奈美さん、お願いできるかしら?」
「わ、わかりました」

 奈美は人喰い絵画の前に絵画セットを置くと、筆と絵具を取り出す。
 真っ赤な世界に染まった絵画の上から絵具を塗りたくり、あれよあれよという間に小さな扉の絵を描きあげた。
 そしてワンポイントとして、金盛があたふたと絵画から出ようとしている絵を付け加える。
 
 奈美が汗を拭う。
「――ふう。こんな感じでしょうか? 魔界の絵の上に強引に描いたのですぐ絵具が崩れてしまいますけど、絵画の中で起きている出来事に少し変化を起こせたと思います」
「ありがとう奈美さん。さすが美術部ね、上出来だわ」
 御殿は奈美の頬についた絵具を拭った。同時に、鴨原の入れ知恵に感謝をする。


金盛逮捕


 奈美が絵を描いている間にフェアリーフォースの金盛拘束班が到着していた。

 悪霊の憑依から解き放たれた神城が息絶え絶えで起き上がる。
「――ここは? 沙耶は無事か?」
 その問いに御殿が答える。
「沙耶さんなら無事です。そこで眠っています」
 ソファに横たわる沙耶を見ては、神城が安堵の笑みをつくった。
「ところで君たちは?」
「話は後です。すぐにソレイユから火の八卦を取り出してもらえますでしょうか?」

 ソレイユを抱えたリーノが神城の手前に置いた。

「この子、早くしないと八卦の力に飲まれちゃうの。博士、頭いいんでしょ? 助けてあげてなの」
「ソレイユが? どれ――」
 神城はソレイユの腹部に手を当てて診察を始めた。

 その時だった。絵画を突き破り、中から金盛が慌てて飛び出してきたではないか!

「ひ、ひいいい! 助け、助けて……てっ」

 這いつくばる金盛を見た一同は絶句した。その姿は血まみれで半殺しの状態だったからだ。

「おいおい、なんて姿だよ! 拷問でも受けたのか!?」
 沢木が金盛を凝視した。その姿は酷いものだった。全身大やけど。右手右足の骨は砕かれ、おかしな方向にねじ曲がっている。額はバックリと裂けて大量出血。指の数本も折れ曲がっていた。
「た、たしゅけて、助けてくださいよおお、こ、殺され……」

 そこでフェアリーフォースたちに拘束された金盛は、社長室から引きずられるように出て行く。

「助けっ、ワシぁ、まだ捕まるわけには……放せ! 放せええええ!」
 拘束班の手を振りほどこうとするも虚しく、金盛もといレプラコーンは連行されていった。


 ソレイユを診察していた神城だったが、彼の口から出た言葉に一同は絶句する。
「――ソレイユの体内にはもう八卦のデータはない。熱も引いている。それにこの心臓のあたりを見てくれ。うっすらとレーザーで溶接したような小さな傷があるだろう? これが何を意味しているかわかるか?」

 その問いに一同が首を傾げると、神城は淡々と説明をはじめる。

「ソレイユの体内から瞬時にデータチップを取り出し、細胞組織を高熱で閉じたんだ。これはその傷跡だよ。まさに神業さ。チップが体外に排出される時に摘出したのだろうが、こんな芸当ができるのは私の知る限りではひとりしかいない――」

 絵画の中を覗き込んだ狐姫は、ゆっくりと後退する。

「想夜、俺に霞喰丸をくれ。それから、みんなを連れてすぐに流船るふなから離れろ――」
「ど、どうしたの狐姫ちゃん?」
「いいから早く!」
「う、うん。これが最後の1粒よ。絵画の外とはいえ、赤霧が濃くなっているから10分が限界よ」
「え、マジかよ。そんだけ? まあいいや――」
 想夜から霞喰丸を受け取るとそれを飲み込み、絵画の口の中を睨みつけた。

 絵画の中からひとりの獣人がやってくる。その瞳は殺気に満ちており、とても正気のそれではなかった。

 獣人の少女が口を開く――。
「どれだけの暴力祈祷師を地獄に落としたのか。どれだけの罪なき人々を陥れたのか。金盛の身に、同様の痛みを刻んでやった――もうまわりがどう思おうと気にすることはない。正義の価値はこの手の中にある。正義の価値は、小生が決める」
 一同を撤退させた狐姫は固唾を呑んで、恋音をまっすぐに見つめた。

 力に呑まれた獣人が一匹、狐姫に向かって歩いてくる――。


VS 獅子恋音


 狐姫は目の前の光景に驚きを隠せなかった。
「ルーシー?」
 絵画に向かって声をかける狐姫。だが恋音は微動だにしない。
「おい、ルーシー!」
 もう一度声をかけると、恋音はゆっくりと顔を上げる。まるで亡霊に憑りつかれた虚ろな眼差しを狐姫に向けてきたのだ。
「――やあ、焔衣。また会えるとは思わなかった。まさか奈美を使って絵画を描きかえるとは驚きだ」
「ルーシーおまえ、金盛を殺すつもりだったのか!?」
 その言葉対して恋音は鼻で笑った。
「そうするつもりだったが絵画を描きかえられて未来が変わってしまった。まあ、今となってはあんなブタ野郎殺す価値もない。フェアリーフォースとやらに突き出して、あとは煮るなり焼くなり好きにすればいいさ」

 恋音は絵画の枠をまたぐと、狐姫に近づいてきた。

「なあ焔衣――」
 殺気立つその姿を前に、狐姫はとっさに身構えてしまう。
「ルーシー、どうしちまったんだよ」
 後ずさる狐姫に恋音は言った。
「なあ焔衣、どうしてあの時待っていてくれなかったんだ? いい子で待っていろと言ったはずだよな?」
「あの時? 俺が獣人街を去った時のことか? 御殿と一緒に行っちまったことを根に持っているのか?」

 ふたりの脳裏に当時の記憶がシンクロする。

「小生がどれだけおまえのことを気にしていたか分かるか? まあ何も考えずにヘラヘラと生きているおまえのことだ、わかるはずもないよな。大人しく待っていてくれれば仕事を紹介できたんだ。ふたりで一緒に頑張れたんだ。それなのにおまえは別の祈祷師を選んだ」
「言ってくれるじゃん。俺だって悩み事のひとつやふたつくらいあるんだぜ。そもそも俺はおまえの所有物じゃねぇっての。四六時中付き合ってられるかよ。女子トイレじゃあるめーし」

 焔衣さん一緒にトイレ行こ? ――学校で言われるアレに嫌気がさしている。

「おまえが小生の前から去って、ようやく自分の本心がわかったんだ。小生はおまえを独り占めしたかったんだ。ふたりで戦い、日本を平和にしてゆく。悪魔のいなくなった楽園のような国を築いてゆく。それが夢だったんだ。そうすれば人間が獣人を受け入れてくれる日がくるはずだと信じていた」

 恋音はうつむき、じっと手を見る。

「――けれども、それは間違っていた。友達だから同じ価値を所有しているわけじゃない。目的はそれぞれ違う。それにな、いくら悪魔を潰しても次々に現れるし、あろうことか、その原因を作っているのが人間自身であり、その自覚さえない者たちのために身を削るのがどれだけ馬鹿げていることか。そのくせ過度な期待だけは押し付けてくる。人間は、自分勝手な生き物だ」

 ほとんどの暴力祈祷師は恋音と同じことを考えている。いくら掃除しても散らかし放題の人間たちを見ていれば、誰しも嫌気がさすものだ。祈祷師という仕事上、食いっぱぐれることもないが割り切った考えを持たない者には荷が重い職業。不摂生を繰り返す患者を治療する医者のようなものだ。悪態をつく患者、感謝しない患者、医者も看護師もほとほと疲れているだろう。

「自分たちで悪行の限りを尽くしておきながら、それでも救われることを願っている――そんな奴ら、守る価値あるのか? この世に思いを馳せる者だけ守ればいいんじゃないのか? そうすれば、きっとこの世界は今よりも輝くよ。神城や沙耶のような人たちが傷つくこともなくなるんだ」

 たとえば、この世から悪人を消し去ったら、世界は楽園になるのだろうか? ――狐姫はそれを考えた時、けっして楽園にはならないと思った。なぜなら邪心は生きている以上、心の隙間に湧いてくるものだから。ちょっとした暗闇が1分後には強烈な暗黒に変わる。心でおこる悪しき核融合は計り知れないものなのだ。

「ルーシー、悪はなくならねーよ。俺から見れば、おまえの押し付けがましいところだって悪だよ」
「小生が悪、か。おまえも金盛と同じことを言うんだな。まあ、そうかもしれないな」

 恋音は自分が悪者だという現実をすでに受け止めていた。コミュニティからもフェアリーフォースからも目をつけられている。もう優等生でも何でもない落ちこぼれなのだ。

「なあ焔衣。どうして小生を信じて待っていてくれなかった?」
「俺さ、おまえから離れないと強くなれないってわかったんだ。いつまでも甘えているわけにはいかねーもん。おまえ言ったじゃん。もっと人間と関われってさ。だから俺、それを守ったんだよ。おまえの言葉だから、それを信じて実行したんだ」
「なるほど。ちゃんと言いつけを守ってくれたんだな。焔衣は聞き分けのよい、良い子だ。優等生だな」
「は? 俺を馬鹿にしてる?」
「小生はね、ずっとそう言われ続けてきた。でも、もう我慢の限界だ。人類にはな、お仕置きの時間が必要なんだよ」

 恋音がこれから何をするのか? 狐姫にはそれがわかった。恋音はこれから人間の粛清に移る。気に入らない奴らを納得するまで半殺しにして、己の正義を世界に刻んてゆくつもりだ。

 狐姫はニヤリと笑うと拳を作った。
「――おまえの考えはわかったよ。なら俺は、おまえをボコって連れて帰る。そして、また昔みたいに一緒にメシ食いにいく」
 先手必勝! 狐姫は拳をつくると瞬時に間合いをつめる!
「遠慮はしない、いくぜオラァ!」

 パンチが恋音の横っ面に叩きつけられ、バチンという皮膚を叩く音が響いた。

「はははっ、今のは利いたべ?」
 無言の恋音の腹に、狐姫は2発3発と立て続けにボディブローを叩き込んだ。ドスドスと重い音が響き、これでもかというくらいに恋音を打ちのめす。いったん攻撃をやめると、呼吸を整えた。
「手加減はしなかったぜ。俺だってルーシーに負けないくらい強くなってい……!?」

 瞬間、ヘラヘラと笑う狐姫の首がくの字にひしゃげた。

「――へ?」

 狐姫の首に恋音の回し蹴りが見事にヒットした後だった。その蹴りたるや限りなく音速に近く、まるでバネのようにひしゃげる動き。しなる鞭のように鋭い、刃のように強烈な蹴りだった。

「2、3発攻撃を入れたら休めだなんて教えていない。1発入れたら一気にたたみかけろと教えたはずだ。違うか?」
 驚くほど冷たい恋音の声。
 狐姫の視界が反転する!

(あれ? あんだけダメージ与えたのに、コイツなんでケロッとしてんの? てか、なんで俺がやられてんの? 殴りまくったよな? 俺が攻撃してたよな?)

 そんな傲慢さを抱えながら、その場に崩れる。

(――てかルーシー、痛くねぇの? てか、こいつにダメージ入ってなくね?)

 冷徹な眼差しを向ける親友を前に、狐姫は何が起こっているのかわからなかった。

(――あれ? よく見るとルーシーの構え、なんかおかしくね? 呼吸もおかしくね?)

 截拳道ジークンドー特有の半身の構えとは違い、恋音は全身の力を抜いたスタイルを保っている。ブラリと両手をおろし、戦闘態勢のそれとは異なるリラックスした姿勢。中でも呼吸が独特で、終始「シーシー、フッフッ」と息しながら痛みをコントロールしている機械のようにも見えた。まるでサイボーグだ。

(なんだそれ、突っ立っているだけ? 格闘スタイル? 構えないのか?)

 狐姫は得体の知れない相手に対し、距離を取らざるを得ない。そうしてようやく気づくのだ。
 狐姫は構えなおし、改めて恋音と向き合った。

「――ああ、そうか。見たことある。あの格闘術だ。あれ何つったっけ? ロシアで生まれた格闘術。陸軍特殊部隊のお偉いさんが生みの親なんだよな。たしか名称は……)
 そうして狐姫はその格闘術を思い出すのだ。

「ルーシーおまえ、格闘スタイルを『システマ』に変えたな?」

 うつろな瞳の恋音を前に狐姫は立ち上がり、口元についた血を親指で払った。

 無表情の恋音が近づいてくる。
「自分はこれだけ頑張ったんだから評価されて当たり前。相手より強くて当たり前――そんな考えは奢りであり傲慢さの象徴だ。小生は歩いてきた道のりでそれを理解した。そして焔衣、おまえもそれを証明しているじゃないか。過去を捨てなければ何も得られないんだ。過去に生きているおまえに、はたして小生が劣るのだろうか――」
 その迫力に狐姫は息を呑んだ。

「――それを今から試す」
 パチンッ。恋音が指を鳴らすと、突如、四方八方からトカゲの中型暴魔が飛びかかってきた!

「やべえ、こんなタイミングで暴魔かよ! 全長3メートルはあるな」
 1体、2体――次々に蹴りを入れ、拳にマグマを蓄えて殴り飛ばす!
「全部で4体か。囲まれたぜ囲まれたぜえええ。こんな時に邪魔くせ……ん?」

 各暴魔の額に呪符が貼りつけられており、その呪符の効果によって、意思を持たないメチャクチャな攻撃を繰り出してくる。

「操作術式!? 誰かにコントロールされている!? こんな高度な術を使えるやつがいるのか!」
 周囲には恋音以外見当たらず、狐姫はその事実を受け入れるしかなかった。
「――ルーシー、まさかおまえが?」

「焔衣、おまえがのんびり生活している間、小生はシステマを身に着けた。そして、それに暴魔操作という改良を加えた格闘術をものにした。今から力の差を――」
 恋音は両腕を大きく広げると前かがみになり、腕を交差するよう振り下ろす!
「証明する!」
 ――と同時に、無数の暴魔が狐姫に飛びかかる!

「はははっ。踊れ踊れ!」
(くそっ、こいつ……俺の知っているルーシーじゃねえ。まるで別人じゃねえか!)
 万事休す。狐姫の顔に焦りの色が見え始める。
(力の差がまた開いている。俺はルーシーの何を見ていたというんだ。友達が何をしていたのかさえわからないのかよ)
 そう思い、ようやく答えに近づいてゆく。
(俺はのんびり生活していたわけじゃねえ。毎日鍛錬は欠かさなかった。あえてルーシーとの違いがあるとするなら、それは……格闘センスの圧倒的な違い!)
「おまえはマーシャルアーツに頼り過ぎだ。今までの戦闘スタイルだとおまえ……ここで死ぬぞ?」

 恋音は下ろした両手を軽く持ち上げると、掌をすばやく開いて詠唱する。


「ハイヤースペック・ギャンサーエフェクター」



「はぁ!?」

 と同時に、あたり一面が爆炎に包まれた!

 ドオオオオオオン!

 見たこともない業火に狐姫がたじろぐ!
「なんだこの炎は! 目ぇ開けてらんねえ!」
 恋音の瞳が瞬く間に焔色へと染まってゆく!
「ルーシー、おまえまさか……八卦の力を手に入れたのか!?」
 驚愕する狐姫に恋音は答えた。
「この力、おそらく小生にはコントロールできないだろう。爆炎を2発ほど打てば、小生の体も黒焦げになる。つまりデカいやつをあと1発撃てば、小生は朽ちる。でもな、その1発でこの狂った世界の半分くらいは焼き払えるんだ」
 狐姫は体にまとわりつく爆炎を払いのけた。
「バカ言ってんじゃねえよ! 世界を炎で焼き尽くす気か! 早くその力を切り離せ……い、息が……酸素が……」
 高出力の炎が部屋中の酸素を食い散らかす!
 万事休す。狐姫は次第に追い詰められていった。
(くそっ、普通に戦ったら勝ち目ねえじゃん……)

 呪符のリボンに触れるたび、狐姫の胸がチクリと痛んだ――が、やるしかない! 狐姫は腹をくくった。

「しゃーねえ。そっちがその気なら、俺も全力で行くぜ。ちょっと痛ぇからな。泣くんじゃねーぞルーシー」
 狐姫が呪符のリボンをつまんで一気にほどく!