6 バッジの行方


 ベッドから起き上がる御殿。
「さっきはありがとう、感謝するわ」
「気にするな。これも任務のうちだ。それより、もう起きても大丈夫なのか?」
 少しフラつく御殿の様態を気に掛ける麗蘭。
「ええ、今お茶をお出ししますね」
「気づかい無用だ。おとなしく寝ていたらどうだ?」
「お腹もすいちゃったし……」
 少し恥ずかしそうにする御殿。
「そうか。ならば手を貸そう」
 麗蘭は御殿の肩に手を回すと、大げさなほどのスーツケースも忘れずに持ち、台所に先導する。

「ケーキ食べません? 甘いのはお嫌い?」
 御殿は曇った表情で冷蔵庫を開けた。
 本当は水角のために買っておいたケーキ。でも先ほどケンカしてしまったので、水角の口には入らない。
「手伝おう」
 麗蘭は御殿の横に並ぶと、病人の負担にならないようにテキパキと動いた。

 普段から炊事洗濯掃除をこなす麗蘭。紅茶の入れ方から食器の扱いまで、ひとつひとつが手慣れたもの。

「京極さん、紅茶の入れ方上手ですね」
「麗蘭でいい。君とは歳も大差ないだろう?」
 いつもの御殿と同じよう、紅茶のポットにお湯を注いで茶葉をジャンピングさせる。
 御殿は口を閉ざしてうつむき、静かに呟いた。
「年齢、ですか……」
 八卦プロジェクトから生まれた御殿はまだ4歳。見た目は10代後半だが、刻んだ時間は園児以下。一般人の時間の流れとは違う道のりに引け目を感じてしまうのだ。
「大丈夫か? やはり顔色が優れないようだが……」
「いえ、問題、ないです」
「……そうか」
 元気のない御殿の表情を不思議に思う麗蘭だった。


 テーブルをはさんで2人が座る。
「生姜があったから使わせてもらったぞ。体が冷えてたみたいだから温まるといい」
 そう言って麗蘭がカップを差し出す。
「ジンジャーミルクティーね。ありがとう」
 御殿が両手でカップを包むように持つ姿は、いつになく弱々しかった。
 コクのあるセイロン茶葉、そこにたっぷりのミルクと砂糖。すりおろした生姜をスプーンですくって溶け込ませると、まろやかな刺激とともにやってくる香り。
「いい香り――」
 御殿は肩の力を抜き、目を閉じて、嗅覚で堪能した。
 こんな時、とても気持ちが安らぐのだ。日々の忙しい合間のご褒美。小休止という癒しの時間――。
「気に入ってくれたようでよかったよ」
 麗蘭も手にしたカップを静かに口につけた。


 麗蘭からフェアリーフォースで起きている出来事を聞いた御殿は、表情を強張らせていた。

 京極チーム存続の危機。
 ピコット村の惨劇。
 そして天上人――。

 それらを通し、出向任務を受けた麗蘭は人間界へとやってきた。
 とりあえず部下である想夜の元へ向かおうとした矢先、妖精界からやってきた軍隊の奇襲を受けてしまう。
 攻撃を繰り出してくる連中の目的は明確にはできないが、おそらくは政府がたくらむ洗脳戦略の暴露にあると思われた。
それ故、麗蘭に消えてもらいたいらしい。
  
 空中での戦闘の時だ。派手に暴れるさなか、麗蘭が目にしたものは、襲ってきた隊員の首から飛び出たハーネス。
 驚くのはそれだけではない。
 麗蘭のワイズナーを前に、サイボーグ達は落下してゆく途中で霧のように消えた。

 ただ黙って追われているのも癪に障るもの。返り討ちにした隊員を締め上げたら、暴力エクソシストの情報を吐露したので慌てて駆けつけてみればご覧の有様。
 八卦を取り締まるはずが、なぜか護衛役を担うハメになった。
 けれども麗蘭はそれでもかまわないと思っている。理由はフェアリーフォースが人間にしてきた今までの仕打ちにあった。
 麗蘭は、御殿に罪悪の念を抱いている。

 ――以上が麗蘭がほわいとはうすに到着するまでに起きた出来事だ。

「さっきのサイボーグが突然消えたのは何故? 呪いとか言っていたようだけれど?」
「すぐに分かるさ」
 そう言って御殿の質問をはぐらかす。
 御殿の手前、麗蘭は決してプライベートな内容は話さなかった。終始時間に追われているように、ただ淡々と会話を進めてゆくのだ。
 ただ、筋は通すつもりでいる。
「シュベスタでの戦闘中、我が軍が君を蜂の巣にしたそうだな」
 麗蘭はイスから立ち上がると、床にひざまずく。
「こんなことで許してもらえるとは思わないが、どうか気持ちだけは受け取って頂きたい――」
 御殿の足もと、床に頭をこすりつけるように下げた。
「やめてちょうだい」
 御殿が慌てて止めた。イラつく顔を見せる理由は、非のない麗蘭が謝罪している状況に納得がいかないからだ。土下座は本来、軍の上層部がでてくるもの。ならば高級椅子であぐらをかいている連中に謝罪させたいではないか。

 ひとまず椅子に座りなおす2人。

「まさか雪車町が暴力エクソシストに助けられているとは……、想像もしていなかったよ」
 麗蘭は困惑する。
 フェアリーフォースが目の上のコブとしている八卦。
 その八卦にフェアリーフォースの隊員がお世話になっているのだから、いったいどう振る舞えばよいのやら。

 もじもじと肩をすくめて上目づかいの麗蘭が問う。

「その……、雪車町は、元気か?」
「ふふ、気になるのでしたら確かめてくればいいのに」
「そのつもりなのだが、その、何といえばよいのか……」
 煮え切らない態度の後、麗蘭は御殿に打ち明けた。
「私は雪車町に嫌われているんだ」
「想夜に? なぜ?」
「その、訓練で厳しくしたり、怒鳴ったり、するから、避けられて……いる」
 と、最後はモゴモゴと口ごもり、恥ずかしそうに目を伏せた。

 よくある上司と部下の葛藤。親と子の葛藤とも言える。距離感がつかめないまま、ギクシャクした関係が続いているようだ。

 麗蘭がすがるように質問する。
「雪車町は、私のこと……、なにか言ってたか?」
「想夜が? ……例えば?」
 呑気に紅茶をすする御殿。
「例えば……、『嫌な上司がいる』とか?」
 チラリと御殿の顔色を伺う麗蘭。
 いっぽう御殿は、目を閉じて首を振る。
「聞いたこともないわ」
「『ムカつく隊長がいる』……とか、言ってないか?」
「全然。きほん、想夜って陰口叩かないし。もし文句があるなら本人の前で言うわよね、あの子」
「そ、そうだよな。雪車町は悪口陰口を言わない。いい奴なんだよアイツ、とても素直なんだ。さすが私の部下だ、うんうん!」
 どうだ参ったか、と誇らしげに腕を組み、ひとり頷く麗蘭。
 御殿が次の言葉を付け加える。
「――で、本人の前で文句を言ったまではいいものの、返り討ちにあったりして」
「そうそう! 戦略も持たないクセに突っ走るんだ、アイツは。どうだ、可愛いだろうウチの雪車町は!」
「そこは注意するべきところでは……?」
 はははっと高笑いする麗蘭を前に、御殿はそれ以上なにも言えなかった。

 想夜のことを話す時の麗蘭は、顔がほころんでいて楽しそう。
 想夜がエーテルバランサーとしての誇りを持ち続けているのは、目の前の隊長の存在も大きいのだ。と、御殿は理解した。


 御殿の体が紅茶で温まった頃だ。麗蘭が任務を打ち明けた。
「今回の任務で、私は八卦である君を取り締まらなければならない。そういう事になっている」
 御殿が息を呑んだ。目の前の女は御殿よりも圧倒的に強い。殺り合えば確実に負ける。連行されればフェアリーフォースによって処分される可能性もでてくる。
 隊員1000人力と謡われた八卦でも、10000人相手ではどうだろう?
 おそらく歯が立たない。
 ましてやランクBの麗蘭でさえこの強さ。Aランクが束になってきたら、御殿は間違いなく血祭に上げられる。

 そんな緊迫する状況下、次の言葉が御殿を安心させた。

「けれども、任務は一旦後まわしにする。私はしばらく君の護衛につく。いいな? 咲羅真御殿」
 はなから御殿を敵とは認めていない。想夜という存在を通し、目の前の八卦が安全であるという確認が取れた。マデロムには「暴力エクソシストを排除しろ」と挑発されたが、やはり御殿を敵と見なすには無理があった。

 御殿が驚きの表情を見せた。

「あなたがわたしの護衛に? そんなことをしてもいいの?」
「ああ。雪車町の味方である以上、君はフェアリーフォースに協力的だとも取れる。天上人の一件もあり状況が状況だ、君の安全を優先したい」

 麗蘭は紅茶を一口飲むと、カップをソーサーに戻す。

「――かといって、24時間君の護衛につくこともできない。私が留守の間、代わりに雪車町を君の護衛につかせよう」
 この数日間、麗蘭は人間界でやることがある。四六時中、御殿のそばにはいられない。
「想夜がわたしの護衛をしてくれるの? ふふ、頼もしいわね」
 御殿がいたずらっぽい笑みを見せる。内心、情けなくもあった。先ほどマダムルージュから「鴨原氏を守るように」と言われたばかりなのに本人には追い返された。逆に守ってもらえなければならないほど、今の自分は役立たずだという自覚が芽生えていた。
 そんな時だ。
 
 ピンポ~ン。

 玄関のチャイムがなった。
「来たようね」
 御殿が立ち上がり、客人たちを迎え入れた。


麗蘭と華生


 御殿のもとに駆け付けたのは叶子と華生だった。
 華生がフェアリーフォースに追われているという理由。それに祖父の鈴道りんどうを殺害された事もあり、麗蘭を前にした叶子はかなり不機嫌そう。今すぐ襲い掛かっても不思議ではないほどイラつきを見せていた。

 麗蘭は叶子から端末を渡され、そこに映っているバッジの説明を受けた。
 祖父の鈴道が殺害された時、フェアリーフォースが落としたとされる上層部が身に着けるバッジである。

 叶子が御殿に冷たい視線を向ける。
「――それで、フェアリーフォースの隊長さんとやらに助けられた御殿は、彼女の肩を持つわけ?」
 まるで他の女の尻を眺める彼氏を責めるかのように御殿に言葉を投げる。フェアリーフォースに対しては簡単に心を開くつもりはないようだ。

 麗蘭は一呼吸すると叶子に言った。
「愛宮叶子。君のお爺様の件に関しては気の毒に思っている。この端末に映っているバッジも我が軍の上層部が身に着けるもので間違いはないだろう」
 と、叶子に端末を返した。
「なら単刀直入に聞かせてもらうけど、お爺様を手にかけた人物に心当たりは?」
 麗蘭は苦笑しながらカップをソーサーに戻す。
「本当に単刀直入だな、いきなり殺人犯の仲間扱いとは。愛宮の令嬢がそのような躾をされてきたのか?」
 問われ方が面白くなかったのだろう。麗蘭は舐められてなるものかと、かるく叶子を挑発してみた。
 キッと麗蘭を睨みつける叶子も叶子で、平常心から逸れ始めている。それだけ祖父のことで腹が立っているのだ。
「話をそらさないでほしいわね。誰が祖父を殺したかと聞いているのよ」
「それを聞いてどうする? まさか、そこにいる真菓龍華生まかろん けいきと一緒になってネイキッドブレイドで斬り付けて来る気ではあるまいな? 私は雪車町のようにあまくはないぞ?」
 麗蘭は挑発よろしく、チラリと華生に視線を移した。

 麗蘭は妖精だ。ハイヤースペックの仕様はよく知っている。叶子と戦闘になったら、真っ先に華生を狙う。その後は叶子の体力を削り、ハイヤースペックが解けたところにトドメの一撃を入れるはずだ。
 その間、わずか数秒。隊長レベルともなれば想夜の比ではない。
 叶子レベルのハイヤースペクターでは、ランクBのエーテルバランサーには歯が立たない。
 
 麗蘭との力の差は歴然――叶子と華生にはそれが分かっていた。それ故、無駄な血を流したくはないと瞼を閉じて頭を冷やす。
「――わかったわ。京極さん、あなたを信じる。華生も仕事で疲れているみたいだし。今ここで剣を抜いても結果は見えているでしょう」
 華生を気づかってか、そうやって何度も振り返る叶子。

 叶子に追い打ちをかけるように、麗蘭が次の言葉を口にする。
「2、3、華生かのじょから話を聞きたい。2人にしてくれないか?」
「あなたと華生を2人きりにですって?」
「ああ」
 真顔の麗蘭。
 そして険しい顔の叶子。
 そこへ華生が寄り添う。
「お嬢様、わたくしならご心配にはおよびません」
「華生……」
 叶子と華生。互いに表情をやわらげ、手を取り合う。

 叶子は少し考え、答えを出した。

「――いいでしょう。席を外すわ」
 華生を信じている。が、フェアリーフォースは信用できない。それが本音だ。
「けれども京極さん。華生に変なマネしたら、私は地獄の底まであなたを追いかけて謝罪をさせる。よろしくて?」
「ご忠告どうも。愛宮叶子」
「謝罪させた後も許さない。場合によっては八つ裂きにしてあげる」
「ウワサ通りの怖い女だ」
「誉め言葉として受け取っておくわ、フェアリーフォースの番犬さん」
 叶子は冷たい視線を麗蘭に向けると、華生を部屋に残して席をはずした。


華生の事情聴取


 部屋には麗蘭と華生だけが残った。

 追跡者と逃亡者。
 気まずい空気が流れる中で、最初に口を開いたのは麗蘭だ。
「話は上層部から聞いている。ディルファーのデータを持ち出したそうだな」
 華生は一呼吸おき、ゆっくりした口調で話す。されど、フェアリーフォースを敵対視する姿勢は崩さず、言葉の節々には威圧的なイントネーションが織り込まれていた。
「京極隊長、あなたの仰っていることは間違いではございません。語弊があるとすれば、持ち出した・・・・・のではなく取り返した・・・・・と仰ってくださいな。あのデータは真菓龍社の魂の結晶。本来、あなた方が手にするものではございません」
 その好戦的な態度に麗蘭の口角が上がる。
「ふふ、詭弁だな。データがどれだけ危険なものなのか……、それが分かっての持ち逃げか?」
「現にあなた方フェアリーフォースは、助けを求めたわたくしを裏切ったではございませんか。ディルファーデータはわたくしの一族が命をかけて作り上げたもの。どうして欲深き政府などに渡せましょうか?」

 麗蘭だってディルファーの力がどれほどの脅威なのかは知っている。フェアリーフォースに帰還した想夜がディルファーの話を持ち出した時、あんなにも冷静さが欠落してしまったのだから。
 可愛い部下を危険な目に合わせたくはない。死に急ぐようなものだ。
 大勢の仲間が目の前で死んでゆく光景――それを見たことがない想夜は絶望を理解しておらず、むやみに武器を振り回せば解決できると考えているのなら無鉄砲もいいところ。その事が麗蘭の心配の種だ。

「MAMIYAに仕えている以上、わたくしも黙って連行されるわけにはまいりません。場合によってはこの場所が戦場となるかもしれません。それでもわたくしを連行しますか?」
「ほう、大した度胸だな」
「死なばもろともです」
 そう言って親指大のケージに入った爆弾妖精を取り出した。
「爆弾妖精か、最近よく目にする」
 プリズンルームで受けた襲撃が麗蘭の脳裏をよぎった。
「はい、今は大人しい子です。でもカゴから出せばアナタに襲い掛かります」
 華生の目は本気だ。MAMIYAに危害が出るというのなら、ここで相まみえる覚悟があった。
「君の覚悟は分かった。それでも構わんが……、それと似たようなものを人間界ここに来る前、ミネルヴァの営業から受け取ってな」

 麗蘭も負けじと小さな三角パック型の装置を取り出した。

「このユニットは切れ者でな、爆弾妖精の素材を圧縮して作られたものらしい。どれ、ここで爆発させてみようか?」
 ゲージの爆弾妖精がひどく怯えている。目の前の爆弾の威力に慄いている。
「……」
 冷や汗の華生。5秒後の結末を想像したのだ。
「君の想像どおり、この辺一体が炎に包まれて消し飛ぶ。だが、私はこれでも隊長でね。瀕死の君の体を抱えてフェアリーフォースに直行できるくらいの体力を残す自信がある」
 無論ハッタリ。本当は、ほわいとはうすが跡形もなく消し飛ぶ。隊長だって木っ端みじん(笑)。
 
 華生と麗蘭。交わる視線――。
 
 やがて麗蘭は諦め顔で視線をはずすと、難しい顔で俯いた。
「あまりイジメるのも性に合わん。さしずめ君は、MAMIYAのために腹をくくっているようだし」
 そう言った後、首をゆっくり左右させて前言撤回。
「――いや、愛宮叶子のためか」
「MAMIYAのすべてのため、です」
「……そうか」
 華生はMAMIYAのすべてを愛している。その中心に叶子がいる。

 麗蘭は窓の外を見つめ、少しの間考え事――。

「愛宮叶子を怒らせるとめんどくさそうだ。かといって叶子に手を出せば、今度は君が黙っていないだろう。叶子と同様、君も私のことを地獄の底まで追いかけてくるだろう。君はそういう女だ。違うか?」
「よく分かっておりますわね。叶子様はわたくしのすべてですもの。あの方とともに笑い、泣き、歩んでゆく。例えそれが茨の道であろうとも」
「大層なことだ。よくそこまで他人を信じられるものだ」
「あなたも愛する人ができれば、そうなりましょう」
 そう言った華生はほころび、眼差しは戦を忘れた戦士のように、とても穏やかなものだった。
 恋は盲目――狂った果実のように、愛という栄養をむさぼり続け、やがて新たなる実りを生み出す。

 愛する人を持つことで世界は一瞬で変わる。イラつきも、殺気も、絶望さえも、ガラリと変えてしまうものだ――それを悟った麗蘭は、ちょっぴり華生が羨ましかった。

 麗蘭が沈んだ顔を見せていると、華生が覗き込んできた。
「妖精界で何かございましたか?」
「逃亡中だというのに、他人の心配か?」
「妖精界はわたくしの故郷ですもの。心配ですわ」
「帰りたいか? 妖精界に」
 麗蘭の問いに華生が首を左右させる。
「今はまだ、為すべきことがございます」
「君に即答させる力が愛宮叶子にはあるのだな。人間界で、君は宝物を見つけたんだ。まったくもって羨ましいよ」
 麗蘭は肩の力を抜き、微かな笑みを浮かべた。

 麗蘭は頭をもたげ、あの時の村の惨事を伝える。
「ピコット村の妖精たちが惨殺された。遺体はバラバラにされ、冷蔵庫や食器の中に放り込まれていた」
 と、吐き捨てるように言う。それだけ胸くそ悪い事件ととらえている。
 
 ――華生は息を呑んだ。
「そ、そんな……」
 それから先は言葉が見当たらないらしく、口を閉ざしてしまった。
 麗蘭は構わずに続ける。
「これはただの殺人ではない。警告もふくまれている」
「警告?」
「ああ。愛宮鈴道を殺害した人物を追う、そんな我々を面白くないと感じている輩がいるようだ。これはフェアリーフォースだけではない。君たちに向けられた警告でもある」
 とっさに華生の脳裏をよぎるのは、酔酔会の存在だ。

 顔面蒼白の華生。
「顔色が優れないな真菓龍華生。 ……まあ、無理もないか」
 麗蘭だって同じ気持ちだ。軍人でなければ仕事を放り出して、甘いものでも食べに街に繰り出す。連日起こる嫌な事件の数々は、酷く軍人の心を侵食してゆくものだから。
「念のため、君と叶子が見たであろう犯人について、もう少し詳しいことを聞かせてくれないか?」
 フェアリーフォースに不信を抱く華生だったが、今は疑念を払わなければ前には進めないと感じて、協力の姿勢を見せた。
「分かりました」

 鈴道殺害時――。
 ハイヤースペクターとなった叶子は多くのスカウトマンに狙われていた。
 スカウトマンとはハイヤースペクターを魔界側に引き込む連中だ。あらゆる手段を用いて戦力となるスペクターを手に入れたがっている。
 叶子は妖精と悪魔の入り混じった戦いに身を投じる中、愛宮邸に奇襲をかけてきた輩に命を狙われる。
 その夜、鈴道は叶子をかばい、フェアリーフォースのワイズナーによって命を奪られた。
 息絶える祖父のそば、ワイズナーを手にした戦士の影と、フェアリーフォースのバッジだけが残されていた。

 華生の説明に耳を傾ける麗蘭。眉間を寄せながら、深くため息をついた。
「――なるほど、ワイズナーと上層部のバッジか。フェアリーフォースの関係者であることは間違いなさそうだが……、なぜ上層部が魔族に紛れ込んでいたのだろう? それとも上層部の誰かをハメるために、わざとバッジを落としたのだろうか?」
 あれこれ推測するが真実は見えず。

 ふと、麗蘭に疑問が沸き起こる。
「そう言えば、バッジは確かピコット村の職人に作らせていたはずだ」
「――え?」
 華生が顔をあげ、口を開く。
「では、バッジを落とした犯人がピコット村に新調しているのでは?」
「ああ。だったら村の職人が記録帳を持っているはずだが、生憎とあの惨事だからな……」
 麗蘭が村の惨事を想像して落胆するも、華生は即座に反応する。
「諦めてはなりません京極隊長。バッジの素材は他の大陸から輸入されるものです」
「そうか。数少ない素材だから経路を辿れば何か掴めるかも知れんな」
「ええ。バッジには製造番号が記入されてます。それを元に調査を進めれば――」
「でかしたぞ、真菓龍華生。それで、バッジは今どこに?」
「愛宮邸の宿直室。わたくしの部屋です」
「愛宮邸か」
「わたくしは逃亡の際、多くの妖精たちを犠牲にしてきました。もうこれ以上、罪なき者が血を流すことを望みません」
 思い起こすは華生を逃がしてくれた妖精たち。主人と婦人と、その子供。みすぼらしい姿の華生に暖かな食事を与えてくれた、山の麓の一家。
 あの時のシチューの味を思い出すたび、争いに巻き込んだ罪悪感から胸を締め付けられる。
「暖かいシチューを、あの子・・・のために作ってあげたい……」

 華生が言いかけた時、御殿と叶子が部屋に飛び込んできた。

「失礼するわね。私の華生・・・・とのおしゃべりは、もう済んだかしら?」
 独占欲むき出しの叶子。「はやく話を終えろ」という叶子からの催促を受けた麗蘭が険しい顔を作る。
「慌ただしいな、どうかしたのか?」
 叶子が端末を見せる。つい先ほど、緊急要請が入ったのだ。
「愛宮邸にお客様がご来店よ――」
「客人だと?」
 麗蘭は眉を吊り上げた。


マデロムの奇襲


 愛宮邸――。
 
 玄関の扉をぶち破り、外から軍隊が押し寄せてきた。
「よぉし、楽しい楽しい狩りの時間だ!」
 いの一番に声を張り上げ、微塵の恐れなく先頭を進む巨漢――マデロムは視線をまっすぐ前に向け、一直線に続くカーペットをズカズカと踏み荒らした。
「おめえらは右の通路から攻めろ。残りは左だ。俺たちはこのまま前に進む。行け!」
 部下に指示を出して四方に分散させるマデロム。
 エントランスの中央。一歩踏み出すごとにドスンドスンと軽い地響きが重量級のつわものを物語る。肩で風を切り、周囲を睨みつけるように突き進む。
「真菓龍の娘の確保か。本来なら京極の任務だが……、たっぷりと利用させてもらうぜ、お嬢さんよお。グエヘヘヘ……」
 マデロム舌なめずりをしながら背中のワイズナーに手をかけた。

 警報が響く中、ボディーガード達が溢れ出して来る。
 
 ズラリならんだたちの悪い顔ぶれ。スーツを着たいかつい男たちが軍隊と向かい合う。まるでマフィアとヤクザの抗争だ。
 ひとりのボディーガードがマデロムに近づき、下から睨みつけるように威嚇する。
「なんだあテメェは? ブタみたいなツラしやがって! ここが愛宮邸だと知って乗り込んできやがったのかコノ野郎!」
 ドスのきいた罵声が屋敷内に響き、各々が懐に手を伸ばす。
 庭では幾人ものボディーガードがのびていた。マデロム達に襲撃されだのだ。
 あいにくリーダーの小安は不在。この緊急事態を部下だけで対処しなければならない。
 
 一気に空気が凍り付いた。
 
「ほお、人間さん方よお……、威勢だけはいいじゃねえか。どれ――」
 マデロムは背中にかけた畳ほどの大きさの電ノコ型ワイズナーを引き抜くと、隊員たちに視線を送る。
「いいか? テメエらは手ぇ出すなよ。人間ザコの相手は俺ひとりで十分だ」
 それを合図に他の隊員たちが距離をとる。
「言ってくれるじゃねえか、デカい図体しやがって」
 ボディーガード達はせせら笑い、銃を取り出すと、一斉にマデロムに狙いを定めた。

「デカイ奴は動きが鈍いはずだ! 足を狙え! 動きを封じろ!」

 エントランスに声が響き、無数の弾丸がマデロムに向かって進んでゆく!
「そんな豆鉄砲でこのマデロム様が殺せるとでも思ってんのか、ダボがあああ!」
 ワイズナーで弾丸を弾き返した後、大振りかましてボディーガード達を薙ぎ払う!
 たちまちエントランスが血の海となり、愛宮邸を戦場に変えた。


 ――無数のボディーガードが深手を負って横たわっている。
 その横を澄ました顔で通り過ぎてゆくフェアリーフォース。
「……ったくよお。この無駄に広い屋敷の中でバッジを探せってのか。骨が折れるぜ――」
 ひとり悪態をつくマデロムだったが、メイドの一人が目に飛び込んでくるや否や、ニヤリとほくそ笑んだ。
「おいそこの女!」
「ひ!」
 おびえるメイドを片手で持ち上げ、首を締め上げる。
「宿直室はどこだ?」
「く、くるしい……」
 苦痛に悶えながら、通路の奥を指さすメイド。
「あん? あっちか、めんどくせえ」
 マデロムはメイドを放り投げ、通路の奥へと進んでゆく。

 四方に散らばった隊員たちとは別に、一人の少女がマデロムの後ろについている。

 小柄な隊員――明るめの髪色にフリルのヘアバンド。身の丈ほどのワイズナーを背負い、肩まで伸びた髪を揺らしながら、「よいしょ、よいしょ」と小鴨よろしく付いてくる。心を閉ざしているかのように、瞳の輝きを失いながらも、終始笑顔を絶やさない。作り笑いとも言えるその笑顔。
 あどけなさが残る10代前半の少女は、別チームから応援で呼び出されたエーテルバランサーである。

 マデロムは後ろ目に少女を睨みつけると、威圧的かつ適格に指令を出した。
「おいリーノ! てめえは俺の援護にまわれ。バックアタックに備えろ」
「かしこまりぃの♪」
 力の抜けた顔筋で、無理に取り繕った笑顔を見せる少女の姿がそこにあった。


朱鷺とどら焼き娘


 甘味処の帰り道、シトラスステックをくわえながら歩く朱鷺の姿があった。
「このような物を拙者に託されてもなあ……」
 水晶のぶら下がったネックレスを摘まみ上げ、ひとり事をつぶやいている。
「これはどうみても八卦のデータが詰まった水晶ではないか。中身は火か? 地か?」
 属性を聞こうにも、どら焼き娘はニコリと愛嬌をふるまい、甘味をほおばるだけだった。
「なぜ拙者があの女の会計まで済まさねばならぬのだ?」
 納得いかず、ただ茫然と水晶を眺めていた。

 数時間前――。
 甘味処で休憩中の朱鷺の横に、女が息を切らして近づいてきた。
 席など他に空いているというのに、女は朱鷺の隣を陣取ると、躊躇なくどら焼きを注文。お茶で喉をうるおし、糖分を腹に収めた。
 そうかといってくつろぐ様子はなく、店の入り口に視線を向け続け、何かから逃げるかのように、終始警戒しながら食していたものだから、よく味わっていたとも思えない。
 
 ――そんなこともあり、どら焼き女がただ事ではない状況に陥っていたのは事実である。
 おかしな輩を追っ払ったところで、ふたたび新手がやってくるのも時間の問題と察したのだろう。どら焼き女は朱鷺に水晶を託して早々に立ち去ったのだ。

「――追われているのは確かだったようだが、いったい誰から逃げていたというのやら……」
 命を狙われるということは、八卦のデータを持つ者の宿命ともいえる。死ぬ覚悟がなければ持っていても後悔するだけだ。

 水晶を眺める朱鷺。
「八卦の力は2つもいらん。そもそもこれだけの大きな力、1つ扱うだけでも至難の業だろうが」
 ディルファーの力は誰でも扱える簡単なものではない。人間の体内に取り込み、発動させるだけでも細胞が悲鳴を上げる。下手をすれば取り込む前に体が消し飛ぶ。
 朱鷺はその身で痛いほど味わっている。
「こんな時、夢ならどうするだろうか?」
 無き妹の姿を思い浮かべ、最善の策を欲する。
 目を閉じ、耳を澄まして考える。
「ふむ。シルキーホームの子供たちに菓子でも買って帰るか」
 春夏の様子も気になり、朱鷺はシルキーホームへと向かった。


想夜と朱鷺


 シルキーホームを訪れた朱鷺。子供たちと向かい合ってお茶をすする。

 朱鷺の実妹である夢の心臓を移植されたケットシーの少女、秋冬春夏あとう はるか
 春夏が急須のお茶を注ぎながら朱鷺に言う。
「――え? 八卦の力は2つもいらない? なら水無月先生に相談したらどうです?」
 あっさり答えが出た。
「あっさり言ってくれるな。そもそも簡単MAMIYAの学者に連絡などつかんだろう?」
 朱鷺は彩乃の連絡先を知らない。
 すると春夏が振り返り、台所に声をかけた。
「想夜ちゃーん、朱鷺さんが水無月先生に話があるんだってー!」

『はーい、今いくー』

 台所から想夜の声が飛んできた。
「いたのか……馬の尻尾」
 児童食堂の手伝いに来ていた想夜は、さっそくMAMIYA研究所に連絡を入れるのだった。

「――あっさり解決してしまったな」
 それもこれも春夏のおかげか。その胸に宿る鼓動はかつての実妹のもの。
 夢の導きが朱鷺の背中を後押ししてくれる。


 シルキーホームを出た想夜と朱鷺が並んで歩いている。MAMIYA研究所に向かう途中だ。
「胸の傷はどうだ?」
 先日、船の上で斬られた箇所は完全に塞がっていた。が、「なんともないでーす♪」と呑気に返答できるはずもなく、想夜は唇を尖らせた。
「あイタタタ……、傷が開いちゃった」
 わざとらしくうずくまり、チラッと朱鷺の様子を伺う。同情のあと甘いものが出て来ると思っている。
「嘘をつけ。傷を残すような攻撃を入れたつもりはないぞ」
「あ、バレました? でもベルトが切れちゃったんですよ? 弁償してください」
 と、ちょうだいハンドを朱鷺に向けた。
 それをピシャリとはじく朱鷺。
「経費で落とせ。公務員だろう? 安いバイト料で動いている政府の犬め」
「ふーんだ! 朱鷺さんなんてブラジャーで胸が締め付けられて肋骨が痛くて『ぐえっ』ってなっちゃえばいいのよっ」
「意味わからん」
 ぷうっと頬を膨らませる想夜を無視し、朱鷺は先を急ぐ。

 ――そうこうしているうち、MAMIYA研究所が見えてきた。
 
 彩乃の研究室に向かう際、エレベーターの中での会話。
「先日、先生方・・・の護衛中に妙な話を耳にした」
 朱鷺は政府の用心棒を生業としている。先生・・から支払われる金はなかなかのものだ。
「妙な話?」
 朱鷺の言葉に想夜が首を傾げた。
「うむ。何やらミネルヴァ重工が揉めているらしい。工場からいくつかの重機が消えてな、その責任転嫁で盛り上がっているそうだ」

 ミネルヴァ重工から数体の重機が消えた――。

 大人の世界の小難しい話。想夜にはよく分からない。
「消えたものがモノ・・だけに、かなり切羽詰まっている状況のようだが、回収班が営業に回っているそうだ」
「営業の人が見つけたらミネルヴァに知らせるってことですか?」
「そんな悠長にもしていられないだろう。一刻を争う。焦っていることから察するに、消えた重機は兵器の類だ。そして、それに対抗するための兵器も貸し出していると聞いた」
「兵器を兵器で相殺させるってことですか?」
「ああ。つまりミネルヴァは、初めから全てを無かったことにしたいらしい」
「強力な兵器が使われれば戦争が始まりますよ?」
 不安そうにする想夜。その言葉は正論だ。
 朱鷺は少し考え、つぶやいた。
「もっともだ。あるいは……、既に始まっているかもしれないな、その『戦争』とやらが」
 自分たちの目の届かない場所で、今、多くの血が流れているのかも知れない。
 かといって、ここで手をこまねいているわけにもいかない。
 見えない脅威が、もうすぐやってくる。


 水無月班 研究室。

 彩乃が水晶を手にして掲げる。
「たしかに、これは八卦のデータね。取り出して解析してみるわね、ちょっと待ってて――」
「すまないな、頼む」
 彩乃を見送り、想夜と朱鷺がソファに腰を下ろした。

 朱鷺は想夜にどら焼き女の事を話していた。
「拙者に渡せばデータを守れるし、MAMIYAの人間に会うのも容易い」
 朱鷺は一連の流れから、どら焼き女の行動はとても効率のよいやり方だと理解した。
「その人、朱鷺さんが八卦だと知っていたんじゃないですか?」
 想夜と同じことを朱鷺も感じていた。
「うむ。しかし、なぜ拙者が八卦だと分かったのだろう?」
 朱鷺の名はアンダーグラウンドに出回っている。だからといって、八卦である情報は限られた人間しか知らない。
「朱鷺さん、おみやげは? あたしもどら焼き食べたい」
 緊急でも甘いものを忘れないJC。
 朱鷺はかまわずに独り言を続ける。
「思い返せば、あのどら焼き女、何から何まで知っているような余裕ある表情だった」
 朱鷺の疑問は尽きない。


 研究室から彩乃が出てきた。
「ごめんなさいね。少し時間がかかりそうだわ」
 困った顔を見せる彩乃に朱鷺が対応する。
「かまわん。八卦のデータは膨大だ。少しくらいは待つさ」
 彩乃曰く、半日はかかるとのこと。

 一度帰ってから今後の行動を考えようとした矢先、想夜は喜屋武Dキャンディー地区のことを思い出した。
「あ、そういえば、コレ……」
 想夜は慌てて手紙を取り出し、彩乃に手渡した。
 成瀬婦人から借りた手紙。行方不明の夫から送られてくるもの。
「想夜さん、これは?」

 彩乃の問いに、想夜は成瀬家で起きた出来事を1つ1つ説明する。

 手紙を読み終えた彩乃が、それを想夜に返却する。
「こういうのって彩乃さんお詳しいかと思って……」
「I県のロボット工場ねえ……」
「行方不明のご主人の事を調べに行きたいけれど、あたしのお給料だけじゃ旅費を払えなくって。成瀬さんには悪いけど、今回は諦めようと思うんです。それで、せめて少しでも何らかの情報を成瀬さんに持っていけたらと思って……」
 しょんぼり肩を落とす想夜。
「たしか火災のあった工場だったわよねえ……」

 彩乃はしばらく考えてから端末を取り出した。

「実は大学院時代の知人がそっちの研究に詳しくてね。ホテル代くらいなら何とかなるかも。もし想夜さんさえよければ、話をつけるけど……どうする?」
 想夜が飛び上がった。
「本当ですか彩乃さん!?」
 想夜が彩乃の両手をギュウウウウッと強く握った。
「え、ええ、まあ。でも一人じゃ危ないから他の人も誘って行くのよ? いいわね?」
「はい誘います! 是非! 是非ともお願いします! わあい! ありがとうございます! 彩乃さんだぁい好きぃ!」
 冷や汗まじりの彩乃の前で、ピョンピョン飛び跳ねながら喜びをアピール。しまいには抱きつき魔と化す。
「こうしちゃいられないわ! さっそく狐姫ちゃんにも教えてあげなきゃ!」

 はしゃぐJC――朱鷺はその後ろで苦笑しながら床に腰を下ろした。

「ふふふ、無邪気なものだ。せいぜい楽しんでこい」
 と、懐からシトラススティックを取り出し口に運ぶ。
 一息入れる朱鷺に想夜が振り返った。
「え? 何言ってるの? 朱鷺さんも一緒にくるのよ?」
 シトラススティックがポロリと口から落ちた。
「は? なぜ拙者が中学生の遊びに付き合わなければならんのだ?」
「だってあたしの胸斬ったじゃん」
「塞がっただろう」
「ベルト切ったじゃん」
「経費で落ちるだろ」
「侍じゃん」
「待て待て待て、いつから侍は子供の面倒を見なきゃならなくなったのだ?」
「乳母車で走り回る侍がいるでしょ?」
 夕食時に赤ん坊を背負い、隣の家に乳母車で突撃する侍のドラマを見たらしい。それが『突撃となりの夜ゴハン侍』だ! ……どんなドラマだ(笑)。
「それはテレビの話だろ! くだらんもん観てないで宿題やれ宿題」

 想夜と朱鷺のコントに彩乃が割り込んできた。

「そうよね。たしかに旅に侍はつきものよね?」
 朱鷺が口をポカンと口を開け、こめかみに手を添えた。
「MAMIYAにいると頭がおかしくなりそうだ……」
 侍は宇宙人と戦える!
 侍は分身の術が使える!
 侍はベースも弾けて芸人にもなれる!
 侍は、侍は――グローバル化が進んだ2034年現在。外国人が抱く侍のイメージが日本に逆輸入されつつある。
「夢、拙者は頭痛で頭が痛いぜよ……」
 かつてない眩暈に襲われ、妹のお守りを握りしめる朱鷺だった。