4 ロボット供養


 海!
 いいですねぇ、海!
 みなさんは海、好きですか?
 上下カーソルで選んで下さい。

 →「スッキー!」
  「別に……」

 ……無意味な選択肢はさておき、御殿は今、海にいます。

 ミルク色の朝靄あさもやの中、コーヒー色の浜辺に立ち、寄せては返す波はホワイトクリーム。
 照りつける太陽の眩しいこと眩しいこと。
 黒いセパレートビキニ姿の御殿。
 顔面にかかる水しぶき。

 バシャッ!

「やめなさいっ」
「ほ~れ! どや? わははははっ」
 狐姫が波を手ですくい、何度も御殿の顔面に海水をぶっかけてくる。
 浅瀬で猛烈な嫌がらせを受けている真っ最中だった。

 バシャ、バシャ!

「やめて狐姫っ、やーめーなーさーい!」
 嫌がる御殿を面白がってか、狐姫の攻撃はさらにエスカレート。
「ほお~、そんなに海水が好きか。よし、ここにも入れてやろう、ケケケッ」
 御殿のビキニの下をひんむいて、ウォーターガンで海水を注入する狐姫。

 ピュッピュッピューッ。

「ほ~れ、普段から銃を撃ちまくっているお前にピッタリの罰ゲームだな、ケケケッ」
 おシリ丸出しの御殿。両手で下半身を隠しながら前かがみでうずくまる。
「こら、やめなさい狐姫! 返しなさい!」
「やなこったー♪ 取れるもんなら取って味噌~♪」
 人差し指で御殿のビキニショーツを振り回して逃げて行った。
「待ちなさい狐姫! 本当に怒るわよ!?」

 拳を振り上げるその背中に、誰かの声がかかる。

「御殿センパイ」
 想夜だった。
「想夜、ちょどいいところに。狐姫に水着を取られちゃって……」
 けれども想夜はお構いなし。深刻そうな顔で御殿の太ももを指さした。
「御殿センパイ、見て……」
「え?」
 御殿は想夜が指さす足元に目を向けた。

 なんということだろう。
 視線の先には太ももを伝う一筋の赤い雫――。

 寄せて返す波に零れ落ち、瞬く間に海が真っ赤に染まってゆく。
 御殿は血の気が引いた。
「海が……、これはいったい……?」

 ――バッ。
 
 そこで目が覚め、勢いよく身を起こす。
 顔をこわばらせる御殿。布団をまくり上げ、シーツを凝視した。
「……」
 続けてトランクスの上から手探りでボディラインを確認後、下腹部の渓谷を見て唖然――

「……」

 口を閉ざして顔面蒼白。無言のまま、ベッドからシーツをはぎ取る。
 それをたもとでくるみ、そそくさと部屋を出る。

 右、左――部屋のドアから顔を出して廊下を確認。誰もいないと分かるとバスルームに飛び込んだ。

 ガッ。

「痛っ」
 慌てて駆け込んだために、足の小指をドアにぶつけてしまう。
「……! ……!」
 涙目で悶えてうずくまり、必死に痛みを我慢する暴力エクソシスト。
 足の痛みが治まるのを待ってから一呼吸し、ふたたび動き出そうとする、まさにその時だ。

「うっせーな御殿ぉ。何してんだよ、こんな朝早くにぃ……」

 背中に突然、声がかかった。
 ビクッ。
 ビックリした御殿が猫のように飛び上がった。
 振り向くと、そこには寝ぼけ眼の狐姫。Tシャツ姿で尻尾をブラリと垂らしながらスリッパを引きずっている。物音で起こされたので、かなり不機嫌そう。
 御殿は慌ててシーツを後ろに隠し、狐姫を追い払った。
「ちょっと、寝汗かいちゃったから……シャ、シャワー」
 と、しどろもどろ。不審者のように目が泳ぐ。
「あっそ。今度うるさくしたらお前の鼻の穴にマジで耳栓突っ込むからな……」
「お、OK」
 狐姫が寝室に消えるまで見送った御殿は、一目散にバスルームに飛び込んだ。


想夜と平居先生


 愛妃家まなびや女学園 保健室。

 ギシッ……ギシッ……。

「ん、……んあっ……」
 ベッドの上――ポニーテールの女の子と成人女性が絡み合う。
 金髪の女。ウェーブのかかった金髪に真っ赤な口紅。豊満な胸とお尻。細く、くびれたウエストでそれらを支えている。まるで100万ドルの高級コールガールのようなバランスのとれた魅惑のボディ。
 それが保険室のアラサー、平居先生。

 ギシッ……ギシッ……

 きしむベッドの音。
 想夜と平居先生、汗だくになりながら体を前後に動かす。

「ど、どうですか、平居先生?」
 想夜は頬を紅潮させ、悩ましげな表情で眉を歪めて身悶える。うつ伏せの平居先生を後ろから突いて突いて突きまくった。
「まだまだっ。そんなもんで私の体を満足させられるとでも思っているの? もっとしっかりなさい!」
 ペシ、ペシ!
 Sの平居先生。間髪入れずに激励。想夜の尻を馬のように叩いて催促。
「んああ! あ、あたし、こういうの初めてで……」
「ほら、もっと腰を動かして! 捩じり込むように!」
「こ、こうですかぁ?」
 想夜が全身に力を入れ、さらに激しく腰を前後させる。

 ギシッ、ギシッ、ギシッ……。

「こ、これで、どうです、か!? ふぁあっ」
 激しい上下運動のためか火照った想夜。頭の中、重力から解き放たれたようにフワリと意識が飛びそうになる。
「もうちょっと! いいわよ、その調子よ雪車町さん! んああっ」
 想夜に上から突かれ、女が甘い吐息を漏らす平居先生。
「ん! 上手、上手よ! そのまま! そのまま続けなさい!」
「あ、あたしもう……っ」
「だめよ、だらしないわね! まだまだ! ほら、がんばって!」
「だ、だめです! あたし、もう……もう!」
 想夜の息が上がってきた。

 ギシギシギシッ!

 ベッドのきしむ音の感覚がだんだんと早まってゆく。

 ギシギシギシギシギシギシッ!

「「んん! あ、ああああああぁ! ――」」

 2人でのけ反り、全身で快楽への誘いを感じた。

 ベッドの中。仰向けに並んだ想夜と平居先生が天上を見つめている。
「雪車町さん、今いくつだっけ?」
「じゅ、13、です……」
 行き絶え絶え。汗だくの想夜が答える。
「13か。まあ、そんなもんよね……」
 と、少し不満そう。

 平居先生がベッド脇の棚に手を伸ばし、ティッシュをとる。

「どうしちゃったの? 今日のあなたにはガッカリ……」
 肩を落とし、想夜を一瞥すると苛立たしいため息をつく。
「だ、だって平居先生、激しいんだもん……あたし、腰、痛いです」
 想夜は手繰り寄せたシーツで口元まで隠し、平居先生の背中に訴えた。
「もう、許してください……」
 ちょっとベソをかく。
「若いのにだらしないわね。まあいいわ」
 平居先生は不満そうにベッドからおりると白衣をまとった。
 想夜もズレたサスペンダーを直し、スカートを整え、ベッドからおりる。

 さきほどの動きで棚の上のジュースを派手にぶちまけてしまった。それを平居先生がティッシュで拭いている。
「早速だけど雪車町さん」
 デスク前の椅子に腰かけて足を組むと、想夜にお茶を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
 ズズ……。
 100均の。結構なお手前です。

「さきほど遊びに来た生徒たちから妙な噂話を聞いてな」
 ※保健室は遊び場ではございません。
「探偵ごっこは雪車町さんの専門でしょ? はい――」
 平居先生、胸の谷間から紙切れを一枚差し出した。
「あ、要請書! ……た、探偵ごっこ」
 最後の言葉が胸に刺さった想夜、少しションボリ。
 要請書に手を伸ばして受け取ろうとすると、Sの平居、要請書をサッと引っ込める。
「あなたへのマッサージ依頼、少しは期待はしてたんだけど?」
「生徒に肩のマッサージをさせる先生って問題あると思います」
「あん? なんか言ったか?」
 ギロリ。平居先生が睨んできた。
「い、いえ、なんでもありません……」
 想夜が恐怖のあまり縮こまる。
 平居先生は想夜の上着ををまくり上げると、腹とスカートの間に要請書を挟んだ。
「ほれ、次はもっとガンバりなさい」
「つ、次もあるんですか?」
「何? 文句あるの?」
「い、いえ。ありがとう、ございます……」
 想夜はスカートから要請書を取り出し、書かれた文字に目を通す。


『隣町にある呪われた家を調査して!
 要請実行委員会、お願いプリーズ!』


 依頼内容はほとんど生徒のお遊びだった。けれども想夜にはキツイお遊び。
「の、呪われた家……?」
 冷や汗かいて震え上がる想夜。
「なぁに雪車町さん、怖いの苦手?」
 後ろから想夜の肩に手を置き、四谷怪談のあの人みたいに唇からこぼれ毛を垂らしている。きゃー。
「ななな、なに言っているんですか! オバケなんて余裕のよっちゃんイカですよ!」
 眼球を忙しなく動かしてしどろもどろ。明らかに苦手だった。
「こここ、これはきっと悪魔とかお祓いとかするんだわっ。御殿センパイの仕事よね。うん、きっとそうだわ」
 暴力祈祷師に丸投げ。あわよくば逃げ通せる。
「で、でも御殿センパイ、無償で引き受けてくれるのかしら?」
「あん? なーに1人でブツブツ言っとるんだお前は?」
「あ、いえ。なんでも……失礼します」
 想夜は要請書をポケットにしまい、そそくさと出ていこうとした。

「――待て、雪車町」

 平居先生が想夜にスタミナドリンクを投げてよこす。
 それを両手で不器用にキャッチする想夜。
「『滋養強壮、肉体疲労に効果あり』 ……???」
 と、ラベルに書かれた文章を読む。
「『夜のおともに、激しい動きに、彼女を満足させよう!』。 ……? あ、ありがとう……ございま、す???」
 首を傾げるお子ちゃま。なぜ栄養ドリンクで彼女を満足させられるのか? それさえ理解していない様子。
 意味不明に陳列された説明文を読む想夜、首を傾げながら保健室を後にした。


呪われた家


 ――聖色市 喜屋武Dキャンディー地区。
 想夜たちの住む濡笑ぬわらエリアから少し離れた場所にある住宅街。
 他のエリアと比べて大きな建築物もなく、町の隅っこには農家が目立つほどの静かな場所。

 要請書に書かれていた内容を通り、想夜はその場所にやってきた。
「うう、やだなあ。やっぱり一人だと心細いわ……」
 たちまち不安いっぱいになる。

 なぜ1人でそこにいるのか。それはだな――
 
 ――1時間前。
『あ、もしもし、御殿センパイですか?』
『あら想夜、どうしたの?』
『実は――』
『え? 呪われた家? お化け屋敷? う~ん、引き受けてあげたいのだけれど……、やはり正式な依頼がないとダメね。エクソシストも慈善事業でやっているわけではないの、ごめんなさいね』
『で、ですよねー』

 ――てな具合だ。

 想夜は廃墟と化した一軒家の前に立った。
 表札には『成瀬』と書かれている。
 その家は酷く荒れていた。
 庭の百日紅サルスベリは枯れ果て、むき出しの枝を空に向けている。まるで絶望を嘆くかの如く、地獄の底で手を伸ばして助けを求める屍のようだ。
 長い時間、雨風にさらされた雨戸。塗装が剥がれ落ち、ささくれのようにベロリとのけ反っていた。まるでミイラの指先ではないか。
 
「どどど、どうしよう。きっと家の中では車イスに乗ったミイラや鎧や半魚人が動き回っているのよ。部屋の扉を開けると、暗闇の中に目だけが浮かび上がるの。そして離れた温室の窓には赤い血で『ナミナオミ』とか書かれているんだわ。お風呂に長い髪の毛だって浮いてるの、昆布じゃないの、髪の毛よ。ボイラーに油をさしても無駄なんだからっ。きっとそうよ」
 ガクガクブルブル。
 妄想、膨らむ膨らむ。
 
 『あの家は呪われている』――。
 そんな噂が出回りだしたのはいつくらいからだろう?
 長い時間は噂話に尾ヒレをつけては肥大させてゆく。

 『あの家は呪われている』――。
 それが噂か真実かは、誰かが確かめなければ答えにたどり着けない。
 ただの噂というのは、不確かな結論でしかない。

「誰かが、確かめなきゃ――」
 想夜はおそるおそる前に踏み出し、敷地内へ。

『ウオオオアアアアアアアァ……ッ』

 古い井戸の底。仄暗い水の底から誰かの声が聞こえてくる――。
「だ、誰かいるの?」
 肩を震わせる想夜。遠くから井戸を覗き込み、声をかけた。
「こ、怖くなんて、ないんだから、ね……」
 怖くない怖くない――瞼をギュッと閉じ、何度も何度もおまじないのように繰り返していると……

『ヴオオオオオオオ……』

 背中に呻き声がかかった。
 
「ひいっ」
 ビクゥ!

『グオオオアアアアア!!!!!』
 またまた呻き声。

「びゃううおうあぁあああああ!!!」
 ドドドドドド!
 全身に鳥肌が立ち、意味不明な叫び声を上げて猛ダッシュ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
 泣き叫び、慌てて敷地の外へと飛び出す想夜。
「たたた、助け――」
 キキイッ……、ドン!
「ぶふぇ!?」
 とつぜん道路に飛び出したもんだから、石焼き芋のリヤカーに跳ね飛ばされ、スライムよろしく壁にペシャリと張り付いた。
「あぶねえぞ、気をつけろ!」
 芋屋のオヤジは罵声を浴びせ、何食わぬ顔で去っていった。

「あ痛たたた……」
 腰を強打し、うずくまっていると、向かいの家の婦人が声をかけてきた。表門の表札には、これまた『成瀬』の文字。
「あらどうしたの? 道の真ん中で土下座の練習なんかして」
「そ、そんなふうに見えますか……?」
 見れば成瀬婦人、初老で白髪まじり。垂れた目じりに落ち着いた口調。穏やかな物腰が育ちの良さを醸し出してくる。
 想夜は冷えたアスファルトに両手をついて立ち上がると、スカートの埃を払って婦人と向かい合った。
「すみません。お見苦しいところを、お見せしてしまいました」
 恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤にして下を向いた。

 想夜が諸々の事情を話す――。

 すると婦人、想夜の前で大笑い。
「馬鹿ねえ、そっちは貸家。先代が建てたものでね、もう古いから取り壊しが決まっていて。今は誰も住んでないのよお」
 それでも懸命に訴える女子中学生。まるで子供だ。子供ですけど(笑)。
「井戸から人が出てくるのを見たって人もいて……、本当なんですよ、今だって呻き声がしたんです」
 と、ビクビクしながら後ろを振り返る想夜。
「声? きっと近所の水道屋さんでしょう。井戸の工事をお願いしてたのよ」
「工事、ですか?」
 想夜が井戸に目を向けると、中からヌウッと手が伸びてきた。
「ひぃ!」
 ふたたび鳥肌。ポニーテールが真上を向いて妖怪アンテナみたいになる。
 その後、井戸から初老の男性がノソノソと這い上がってくるではないか。そして一言、
「うーい、成瀬さーん、工事終わったよー」
 ひと仕事した後の疲れた声を漏らした。
「ああ、山田さん、ごくろうさまでした」
「グオオアアア、また腰やっちまったいっ」
 腰に手を当てる山田さん。
「あらまあ、お大事になさってくださいね」
 婦人と作業員、笑顔で会話。
「それじゃ、私はこれで失礼――」
 水道屋の山田さんは軽く会釈をすると想夜の前を横切り、さっさと帰って行った。

「……」

 山田さんを無言で見送る想夜は、婦人に質問を続けた。
「鎧は?」
「鎧? こどもの日? うちは娘だから雛人形ならあるわよ?」
「ミイラと半魚人は?」
「おかしな子ねえ、なぁに馬鹿なことを言ってんの」
 と、吹き出した婦人が手で叩くしぐさ。
「……」
 アホ毛の想夜はしばらく呆けていた。

「それより泥だらけじゃない、早く顔を洗ってらっしゃい。ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」
 婦人に指摘されて窓ガラスを見る。そこに映った顔は泥だらけ。
 不可抗力とはいえ、他人の敷地内を踏み荒らしてしまった想夜。これは何かお詫びしなきゃですかねえ(笑)。
 ※ちなみに百日紅は禊萩みそはぎ科、サルスベリ属。暖かくなるとちゃんと花を咲かせるYO☆。


機械に魂ってあるの?


 古屋の向かいに建つ2階建て新築。
 狭い道路を挟んで向かい合う古い屋敷と新築、そこを往復する想夜。両手いっぱいに荷物を抱え、額に汗して倉庫掃除のお手伝い――。
 
 屋敷の玄関、観音開きの木製ドアがゆっくりと開かれる。
「うんしょ、うんしょ……」
 両手で大きな段ボールを抱えながら、想夜が出てきた。
 手が塞がってるもんだから、お行儀悪くお尻でドアをこじ開ける。

 ドサッ……。
 青い芝生の庭隅にガラクタの入った段ボールを置く。
「ふう~、これで全部です」
「悪いわね。助かるわあ、ありがとう」
 額の汗を拭う想夜に成瀬婦人が笑顔を返す。

 いるものといらないもの。燃えるゴミと燃えないゴミ。婦人と一緒に分別を始める。

 想夜は段ボールの中に手を突っ込むと、ガラクタの中から無造作にデジタル鳩時計を取り出した。
「これ捨てちゃうんですか? まだ動いているのに」
 と、電池ボックスに息を吹きかけ埃を飛ばす。
「借家に住んでいた人が置いていってね。新しい時計買ったから、それはもういらないそうなの」
「そうですか……」
 ションボリ想夜。心なしか、時を刻みつづける時計に同情してしまう。
 ネジを回してタイマーをセットした瞬間、

 ポッポ、ポッポッ……。

 時計の中から鳩が勢いよく産声を上げた。
「わあ、かわいい~」
 小さな動物が想夜に時間を知らせてくれる。一生懸命鳴いてくれる行為に、思わず顔がほころんだ。
 想夜の目にロボット犬が入った。
「ロボットの犬?」
 それを両手で抱え、埃を拭う。
「こんにちは。あたし雪車町想夜、よろしくね」
「ハッハッ……」
「うわあ、ちゃんと尻尾振った~」
 ロボット犬を可愛がる笑顔の想夜。
「あら、そのロボット、まだ動くのね」
 元気に尻尾を振るロボットを見た婦人が、ある事を思い出した。
「そう言えば昔、近所のお寺でロボット犬たちの供養を行ったことがあるの」
「ふえあ? お寺? ロボット犬? なんです、それ?」
 興味津々の想夜が首を傾げた。
 
 ロボットの供養――それは人工知能が搭載されたオモチャだった。20世紀末に発売されたロボット犬。はじめ、人々はそれを相手に興味本位で遊んでいた。だが、所詮はただのオモチャ。知能もままならない不完全な生命体に関心もなくなり、次第に飽きてくる。電池も切れかけた頃、ロボット犬は尻尾も振らなくなり、やがて主人よりも埃に相手にされるようになっていった。
 
「――不要になれば捨てられる。ゴミ捨て場にいかなかった子達は、まだ愛されていたのかも知れないわね」
 婦人の言葉び想夜は表情を曇らせた。
「お寺で、お葬式をしたんですか?」
「おかしな話でね。新型ロボットが司会を務めて、お経を読んだのもロボットだった。そのあとは廃棄場でロボットによって処分された」
「ロボットが、ロボットを処分する……?」
 想夜の表情がさらに曇った。ロボットが残酷な作業を強いられているように感じたのだ。
 ロボットがロボットを殺す――否、そうではない。

 正確にはロボットの中のプログラムがその行為を行う。プログラムとは命令文。それは人間によって書かれている。
 ロボットの行動は、すべて人間の命令により決められる。
 ロボットを作るのは人間。
 ロボットに命令を下すのも人間。
 ロボットを殺すのも人間。

「刹那的な欲求を満たすため、利便性を追求するために何かを作る――人間の得意技よね。人間の私が偉そうな事は言えないのだけれど……」
 控えめに苦笑する婦人。
「全部、ロボットがやってくれる……」
 すべてをロボットにやらせる人間界――それを心の中で描いた想夜は、考え、うつむいてしまった。そこに主従関係を見たのだ。

 ロボットだけの供養。そこに人間がいないのは、授業参観やお葬式に愛する者が出席していないのと同じだ。
 想夜は悲し気な表情でロボット犬を抱え、せっせとゴミの分別を始めた。
「まだ、動くのにね……」
 そうかといって鳩時計が欲しいわけじゃないし、ロボット犬が欲しいわけでもない。
 それでもゴミとして分別を行う自分が非道に思えてきて、酷く嫌悪感を抱くのだ。

 行く当てもないまま、鳩はどこへ飛んでゆくのだろう?
 飼い主に捨てられ、犬はどこへ歩いてゆくのだろう?
 檻に閉じ込められたままじゃ、どこにも飛んで行けはしない。
 鎖につながれたままじゃ、どこにも歩いては行けない。

 ――やがて電池切れ。
 電気という時間は寿命を意味し、人がロボットに向ける感心と共に死んでゆく。
 それがデジタルの宿命だ。
機械ロボットにも、魂ってあるのかな……?」
 想夜はポツリとつぶやく。
 視線の先――見つめる鳩と犬は、なんだか寂しそうな顔をしているように思えた。


手紙


「あいだだだ……腰痛ぁ~い」
 倉庫整理を終えた想夜が腰に手を当て大きくのけ反っていると、両手にトレーを抱えた成瀬婦人が新築のガーデンルームから顔を覗かせてきた。
「疲れたでしょう。こっちにいらっしゃい」

 屋根や扉、四方が透明なガラスで作られた部屋。日の光をふんだんに取り込み、まるで愛妃家女学園のホールのように明るいテラス。

 婦人は床にティーセットを置くと、窓をスライドさせて部屋を解放させた。
「ん~、いい風が入ってくるわね。妖精たちが運んでいるのかしら?」
 そう歓喜しては、想夜に笑顔を向けた。
「さあ、頑張ったご褒美よ。こっちに来ておあがりなさい」
 と、想夜を手招きする。
「そんな、いけませんっ。お庭を荒らしちゃったのはあたしなのですから……」
 シュンと肩を落として申し訳なさそうにすると、婦人はそれを笑いとばした。
「若い子が遠慮なんてしないの。さあ、今お紅茶を入れるわね」
 婦人はティーポットを手にすると、カップに2人分の紅茶をそそいだ。
「それでは、遠慮なくご馳走になります」
 かしこまった想夜。正座する婦人のそば、芝生との段差があるガーデンルームに腰を下ろした。

 トレーの上のティーセット。その横には雑誌やネットでしか見たことがないお菓子がたくさん並んでいた。
「うわぁ、このまえ雑誌に載ってたお店のケーキっ」
 決してコンビニでは売っていない代物を前に、妖精は瞳を輝かせた。舌を出すよう、尻尾を振るかのよう、そうやって喜びを表現。甘いものに目がないロボット犬のよう。
「ほ、本当に、いただいても……よろしいので、しょうか?」
 チラッ。婦人の顔色を伺いながら途切れ途切れ。お上品に、うつむきながらかしこまり、小声ながらも礼儀正しく聞く。よそ様の家での礼儀作法くらいは心得ているつもりだ。
「ええ、もちろん。あなたのために用意したのだから。ごめんなさいね。掃除なんか頼んじゃって……」
「い、いいんですっ。あたし、お手伝いとか好きでやってるので……」
 申し訳なさそうにする婦人を前に、想夜のほうも恐縮してしまう。だって目の前のお菓子があまりにも豪華なんだもの。お駄賃としては多すぎるおもてなし。
 けれど、お言葉に甘えてよかったと思った。

 ビターが決めてのカカオパウダー。ちょっぴり大人のガトーショコラ。
 脇に添えてある小さな容器に入った生クリーム。さあ、たくさんかけて召し上がれ。
 トロリとしたクリームがケーキ全体を優しく包み、さらなる濃厚さを演出してくる。世の中には食べる前の楽しみまで与えてくれるパティシエがいる。
「――いただきます。どこから手をつけたらいいのかな、迷っちゃう」
 ケーキは頭から? それとも尻尾から?
 想夜の迷いフォークは右往左往と忙しい。
「ふふ。ケーキは逃げないわよ? ゆっくりと召し上がれ」
「あ、はい」
 婦人に指摘され赤い顔。ちょっと恥ずかしかった。
 フォークでケーキの端を切り、お皿に流れた生クリームをふんだんにすくい取って口に運ぶ。
「ん……」
 想夜の舌の上でとろける生クリーム。そこにガトーショコラの甘さが追い打ちをかけ、スピードの上がりすぎたそれをほどよい苦みでブレーキ。2つの味のハーモニーがやってくればパーティのはじまりだ。

「うわあ、ガトーショコラのお城にいるみたい――」

 想夜の中で世界が広がる――。
 どこかの国の、どこかのお城。
 きらびやかなシャンデリアがいくつもの星を描いては、パーティー会場を照らしてくれる。
 ドレスにタキシード。着飾った者たちが手に手を取ってダンスを始める。
『お嬢さん、よろしければ一曲――』
『ええ、喜んで――』
 タキシード姿のガトーショコラ。それに真っ白いドレスの生クリーム。
 2人は相手の肩と腰に手を回し、決して離れることはなくターン。優雅に会場の中で舞い踊る。

 想夜も白いドレスに身を包み、タキシードに声をかける。
「ガトーショコラ様。あたしと一曲、よろしいでしょうか?」
「もちろんだぜ、マドモワゼル」
 想夜の声で振り返るタキシード姿のガトーショコラ。なぜかブロンド、ケモ耳と尻尾まである。
 想夜の姿を見た途端、タキシードがジト目になった。
「なんだオメーかよ、想夜」
 チッと舌打ちする狐っ娘。スッゲー態度が悪い。
「こ、狐姫ちゃん!?」
「お? うまそうなの食ってるじゃん。俺様がいただくぜ!」
 狐姫は想夜からケーキを取り上げると、一目散に去っていった。
「ま、待ってよ! それあたしのー!」
 狐姫の背中に手を伸ばすも、無駄に終わる。
 ケーキが逃げてゆく――そこで舞踏会はお開きとなった。

 ――ヘンテコな妄想はそのくらいにしといて。

 カップにそそがれた紅茶。
 覚えのある香りを楽しんでは一口すする。
「いい香り~。あたしこの紅茶知ってます、アールグレーですよね!」
「正解、よく分かったわね」
「学校の先輩がよくごちそうしてくれるんです」
「素敵な先輩なのね。話を聞かせてもらえるかしら?」
 
 想夜と婦人。女性同士、話が弾んだ。
 無邪気に振る舞う想夜に好印象を抱いたのだろう。婦人はよく耳を傾けてくれた。
 それを嬉しく思った想夜も初対面とは言え、会話が途切れることはなかった。


 婦人との雑談の中、ある手紙の話をしていた。
「――手紙、ですか?」
「ええ。これが何通も届くの。不思議でしょう?」
 そう言って想夜に便箋を差し出してくる。
 想夜はおそるおそる婦人から手紙を受け取った。
「その……、あたしが読んでもよろしいのでしょうか?」
「ええ、あなたと出逢えたのも何かのご縁でしょうし……」
 婦人は少し悲しげな笑みを浮かべて言った。
「それでは読ませていただきます――」
 想夜は手の汚れが便箋につかぬよう、やぶれぬよう、余計な折れ線が増えぬよう――そうやって慎重に手紙を開いた。

 ――内容は家族に宛てたもの。

 元気にしてるか?
 病気はしてないか?
 ちゃんと食べているか?
 寂しくないか?
 
 どこの家庭にでもある、それでいて大切な気持ちのつまった言葉。一家の主としての心配事――それらが一語一句、丁寧に、ペンを使ってしっかりと書いてある。

 消印はI県。
 かつて大規模な事故があったエリア。そこは聖色市と同じく関東エリアに位置する。
「――主人はエンジニアをしておりました。消息が途絶えたのは例の大火災が起きた時」
 2020年に起きたサイバーストライクの影響もあり、コンピュータの性能や脆弱性に対する追求は人々の中で関心が高い。
 IoTの需要は飛躍し、とどまるところを知らない。
 あらゆる企業に向けて出荷されるボロットは皆、人工知能を搭載した高性能なものばかり。
 そこで働く人間も皆、腕の立つ技術者だった。

 ――とはいえ、人もロボットも万能ではない。
 一つの制御の誤りが連鎖的に引き起こす惨事により、工場一帯は炎に包まれた。
 ニュース報道のヘリが上空を飛び交い、黒い煙幕に覆われた光景を多くの人が目にしたはずだ。

 婦人に向けられた手紙は、そこで働いていた夫からのもの――。

「お優しい方、なんですね」
 そうは言っても、想夜には違和感が残った。

 この手紙には、温もりがない――。

 暖かみというべきか、例えるならカップ麺と手作り弁当の違いである。
 紙の凹凸を指でなぞってみると筆圧がかかっている。プリンターは使われていないようだ。
「印刷じゃないみたい、手書きのようね」
 困惑する想夜を驚かせたのは次の言葉だった。

「――主人、3年前の火災の日から消息が途絶えているんです」
 
「……え?」
 想夜は手紙を手にして固まった。
「で、でも、ここに書いてある住所は……?」
 婦人が首を左右させた。
「そこに書いてある連絡先に問い合わせても電話は使われていなかった。住所もでたらめ」
「そ、そんな……」
 勤務先に問い合わせても、何も得られない状況。
「まったく、どこをほっつき歩いているのかしらね」
 空を見上げ、遠く、遠く、雲の向こうに目を向ける婦人。
「そのくせ、いつもいつも他人の心配ばかり――」
 婦人の涙を拭うしぐさ。
 想夜はそれを凝視できずに視線を逸らす。相手の気持ちを察しても、気の利いた言葉が浮かばない。どんな言葉をかけていいのか分からないのだ。

 送り元不明の手紙。それが季節ごとにやってくる――。
 何も分からぬまま、そっと手紙を封筒におさめる。

 想夜には、どうすることもできない……。


 成瀬家の前、想夜と婦人がお別れの挨拶。
「――ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
「いいえ、こちらこそ。とても楽しいお話が聞けてよかったわ。またいつでもいらっしゃい」
 笑顔の婦人に見送られ、想夜は屋敷を後にした。
 
 夕暮れ時。ひとり空を見上げる想夜――。
「あの手紙、誰が書いたんだろう?」
 行方不明のご主人?
 それともただのイタズラ?
 婦人の寂し気な横顔が脳裏をよぎった。
「よおし、要請実行委員会の出番だわ!」
 ノースリーブを腕まくり。でもちょっと心細い。
「あたり1人じゃ無理みたい。これはみんなに相談ね」
 リュックを背負いなおし、家路を急いだ。