2 あなたのMAMIYA

 MAMIYAとは、医療機器開発を中心としたエレクトロニクスメーカーである。
 他にも新薬の研究、私立校経営、飲食店経営と幅広く手がけているモンスター企業であり、それらを取り仕切っているのが日本きっての財閥・愛宮グループ。
 おもに医療研究、機器開発に力を注いでおり、病院に設置されている医療機器は国内シェアの大半を占めるほどに成長を遂げている。

 『MAMIYAは未来あすへの近道――』
 そんな謳い文句が横行するほど、最先端技術に特化した研究や医療サポートを世に広めているため、MAMIYAに向けられる世界の注目は篤い。

 会長の名は愛宮鈴道まみや りんどう――愛宮邸の頭首であり、一代にしてMAMIYAという巨大組織を築き上げた兵だったが、先日、心筋梗塞により死亡。享年81歳。

 長年連れ添った内妻にも先立たれており、葬儀は財閥に似合わないほどにひっそりと、身内だけで済まされた。
 残された財は海外在住の息子夫婦、その長女の叶子。そして格親族が相続した。

 ――鈴道が死んだ今も、MAMIYAは健在である。

 愛宮の孫娘・叶子――愛宮邸に在住。現在、愛宮グループが経営する愛妃家まなびや女学園に在学中。高等2回生。一般の生徒と同様、日々勉学に励んでいる。

 愛宮グループは表の顔も然ることながら、アンダーグラウンドでもその名を轟かせていた。
 アングラ住人達との交流。企業の裏の顔。
 巨大企業として発展するからには、影で支える者達の泥仕事が必然とされる――いわば影の協力者のことだ。

 アンダーグラウンドの世界において、愛宮が特に目立った動きを見せているのは他の業者も周知。
 だが、その詳細は不明。
 よけいな首をつっこめば、無事じゃ済まされない。
 それがこの世の鉄則。

 事業について語るなら、規模の大きさと黒き策略の濃さは比例する。綺麗ごとの数だけ寿命を縮めかねない世界がそこにある。

 人体実験まがいの噂も囁かれているMAMIYA。
 研究という名目で、裏では派手な臨床実験をしているとの噂だ。それだけ多くのデータが収集され、多くの血と涙が流れている。が、確証はない。あくまで噂の範疇はんちゅう

 派手な臨床実験は死んだ愛宮頭首の独断によるものなのか、または暴走した社内派閥の一人歩きによるものなのかは、一般人には答えに行き着くのが難しい。

 愛宮が手がける企業には各研究施設をグループ分けさせたMAMIYAという顔がある。主に医療、薬品、サイバー技術等の研究で活躍している。
 世間に対するMAMIYAのキャッチフレーズは『あなたの医療のお手伝い』。
 企業にとって、イメージとは立派なライフラインだ。

 裏社会の人間の中にもMAMIYAと関わったものが多々いるものの、多弁の量だけ心臓に穴が空きかねない。
 裏社会にとって、MAMIYAの内部情報はレアだったが、所持すれば危険が伴うのでワリにあわない。
 それ故、MAMIYAの裏仕事を嫌がる者さえいる。
 それを無難という者もいれば軟弱者という者もいる。考えは人によりけりだ。
 無論、情報を入手したところで使い方を誤れば先が見えている。
 アングラ住人はMAMIYAに神経を尖らせていた。

 どこにデッドラインが引いてあるのか把握できない――それがMAMIYAグループなのだ。

 60歳が子供扱いされる世界がある。政界、財界などは特にそうだ。80歳などまだ現役の戦士。そういう世界。
 今回の頭首の死亡に首を傾げる者も多々いたが、世間だと81歳という年齢は高齢に映る。それを前に死因については誰も深く追求しなかった。
 皆、MAMIYAが機能していればそれでよいのである。
 それは社員に限ったことではなく、裏社会に生きる者も同じ意見だった。

 裏社会に薄情という言葉は似合わない――鈴道の死はそれを証明した。


愛宮邸


『MAMIYAの秘密だと? よし、教えろ』
 御殿と狐姫、2人きりの応接室。狐姫が「MAMIYAってなんだ?」と聞いてくるので親切丁寧に解説した。

 事情を話せ。そうせがむから説明したのに、聞き終えた途端「うわ~興味ねぇ~」とつまらなさそうな態度を見せる。応接室に御殿を残して狐姫はひとり出て行ってしまった。
「ふぅ。あなたのクライアントでもあるのに」
 やれやれ……すぐこれだ。興味のない話は30秒と持たないんだから――御殿は苦笑いで肩をすくめた。

 今、御殿のいる場所が『愛宮邸』。
 愛宮邸――おもにMAMIYAグループの血縁者、ならびに従業員が出入りする愛宮所有の屋敷。広大な敷地面積をほこる屋敷は緑で覆われており、芝生には無造作に並べられた飛び石が来客の美意識を芽生えさせてくれる。正門から建物に到達するまで目の保養にもなって、悪態の強いアングラ住人にも評判がよい。
 
 ここで日本の歴史を振り返る。
 2020年――東京オリンピックの年、とある事件が引き金となり大規模なサイバー戦争が勃発した。
 NSA(米国国家安全保障局)はこれを『サイバーストライク』と命名、全世界に向けて対策案を打ち出し戦争に参加する。目的はサイバーテロの撲滅だった。

 世界中のエンジニアが強制的に戦争に借り出され、死亡者の数は惨い数値を記録。

 過酷な対応に追われた人類だったが、その結果、このサイバー戦争は短期間で幕を下ろした。
 だが、このサイバーストライクが原因で、企業のほとんどのデータベースならびに技術情報が致命的打撃を受け消滅してしまう。

 サイバーストライクの傷跡、もちろん日本も例外ではなかった。

 サイバーストライクにより、世界は10年ほどネットワーク技術の進行に遅れを生じさせたが、この14年で遅れを取り戻し、荒れた街もすでに復興が終了している。

 IoT(モノのインターネット)――自家発電や無線を駆使した家電操作といったスマート時代は利便性もあり、人々にすんなりと受け入れられた。楽することを覚えると堕落してゆく。が、急ぎ足ばかりじゃ疲れる。ゆるい時間も必要だ。

 時代の進化を妨げた戦争 サイバーストライク――今となっては昔話。皆、ちゃっかりスマート生活を満喫している。

 ネットワーク技術がメインとなった現在でも、草木が作り出す光景は人々の心を和ませてくれる。生物は自然と離れては生きられない証なのだと思わずにはいられない。

 戦争でコンピュータが眠っていた時間、人々は手を取り合い、命をつないでいった。
 街はドラム缶で焚き火をする人達で溢れていたが、戦争が静まるにつれ、徐々に復興を遂げてゆく。食べ物を分け合い、住む場所を提供し合い、そうやって笑顔の数を取り戻していった。
 コンピュータに頼らずとも人は生きてゆける。電子の力はサプリ代わりでいい。人類の主食じゃない。

 インフラが死んだ世界で、自然に抗わない気持ちが大いに役に立ったのだ。
 サイバー事情も結構だが、自然の力なくしては全ては成り立たない。それを教えてくれた戦争でもあった。
 その点に関しては愛宮邸は問題なさそうだ。豊富な緑に覆われているのだから。

 いく本もの丈夫な石柱でささえられた屋敷は、ローマのボルゲーゼ美術館を横に引き伸ばしたような造りをしており、見るものを飲み込む威圧感がある。
 広大な敷地内には青々とした芝生がたくさん茂っていて見るものを和ませるものの、これからの季節は手入れが大変だろう。夏になる前は植木職人達で賑やかになりそうだ。
 某国貴族の住まいのような優雅さも兼ね備えていて、ちょっとしたセレブ気分に浸れるけれど、もっぱら一般人より”ワケあり人間”のほうが足を踏み入れるケースが多い。それが愛宮邸だ。

 赤いカーペットが続く廊下、等間隔に設置された大きな窓から日が差し込み、照明をつけたかのように建物内を照らしてくれる。

 分厚い扉の向こうでは緊急会議中――御殿が取り付けたアポイントの直前に開かれた会議。それが長引いたがため、狐姫と一緒に応接室で待たされるハメになった。
 御殿は自分が勤める会社と連絡が取りたくて、携帯端末を片手に応接室から出た。

 連絡を済ませた御殿が電話を切った。
 会議室から出てきた集団と鉢合わせたのは、その帰り道。
 屋敷内に設けてある会議室は、もっぱら役員が使用する場所。
 その日はちょうど、各企業の重役をメインとした全社総会が行われており、それぞれの管轄に所属する人物が顔を揃えていた。みな一般人のように振舞って入るが、サイボーグのように冷たい瞳の者やソファの上でえらそうにふんぞり返っている者、腹の中が全く読めない者までおり多種多様である。中にはその筋の著名人まで出席していた。

 御殿が会議室の前を横切る際、それら何人かとすれ違う。
 中年男性が群れを成して御殿を一瞥した。
「こんなガキに宗盛さんはお使いを頼んだのか? MAMIYAも落ちたものだな。ハハハッ」
 せせら笑うもの、軽い暴言を吐くもの、御殿のボディラインを舐め回すような視線を送り、
「最近の子供はいい体してるじゃないか……よかったら今夜、どう?」
 と、でっぷりと腹の出た男が卑猥なセリフを吐いて名刺を差し出してきたりもした。
 御殿は無言で会釈すると、背筋をのばしてそのまま歩き出した。
 その態度を前に、お偉たちは自分たちの取った行動に羞恥をおぼえ、
「ガキのくせに……!」
 と奥歯をギリリとかみ締めた。歳は違えど精神的に御殿のほうが大人だった。
 狐姫がいなくてホッとする――『今夜どう? だと? なにがどうなんだ!? 夜まで待てねえな! 今ここでフルボッコにしてやんよ!』
 お子様な狐姫のことだ。卑猥な意味を理解できずとも、会議室での大乱闘を始めてしまうだろう。意味を知ったらどうなることやら。オヤジのケツにケリの5~6発は入れてるハズ。

 御殿は柱の影に隠れると、会議室から出てくる人物を一人一人、高性能監視カメラのように遠目でチェックする。
 MAMIYAに直接関係のない人物も紛れているが、ほとんどが大手メーカーの代表ばかりだ。
 『先生』と呼ばれる方々。政界人まで出席していたことに少々驚きを覚える。
「あれは確か厚生省の……すごい面子ね」
 会議室から出てきては空を睨みつけるように立つ初老の男。無表情でいかつく、なにを考えているかまるで見当もつかない。彼もMAMIYA研究所の関係者だ。
 遠くからの監視だったが、ふと男が御殿のほうを睨みつけてる。まるで情報が筒抜けのよう、ピンポイントで視線を送ってきたような気がして背筋が凍る。
 御殿は慌てて目をそらしては、通路の影に身を隠した。

 多くの者が出入りする中にひとり、ヘアバンドをしたロングヘアの少女がいる――愛宮のご令嬢、叶子だ。まわりが中高年ということもあり、十代の若さがいっそう彼女の初々しさを目立たせた。

 先日から愛宮邸に出入りしていた御殿は、何度か叶子と遭遇している。
 すれ違いざま、互いに会釈をする程度ではあったが、御殿の叶子に対する印象は2つ――物静かな文学少女のように儚げで清楚なイメージ、それに澄ました顔で他者との距離を置くイメージ。
 他者との距離をおくのは御殿も同じである。周囲の無関係な者たちを巻き込んでしまう危険性と、気を許すと死をまねく危険性――この2つは、危険な場所に身をおく者なら誰しも勝手に備わるようである。

 もっとも、ご令嬢の気持ちなど、傭兵まがいの御殿には理解できそうもない。お嬢様の私生活とやらを想像してみればいい――危険な場所では常に警護がつき、朝昼晩にテーブルにいけば豪華な料理が用意されている。カップが空になればメイドが紅茶をそそぎにくるのだろう。
 銃撃戦に怯えることもなく、相手の返り血を浴びることもないのだからお気楽だ。
 とはいえ、それはかごの中の鳥を意味している。自由がないのも考え物である。

 姿勢を正して歩く令嬢――御殿はしばらくの間、それを遠くから見つめていた。
 若さに関らず、会議で重役相手に立ち振舞っていたのだろうか?
 それとも、ただ重役達の話に耳を傾けていただけなのか。
(どちらにせよ大した器ね――)
 御殿に警戒心が生まれ、瞳に映る叶子を前に身を引き締めた。

 広大な敷地内。緑の庭に目を向ける。
 手入れの行き届いた草木は見るもの心を穏やかにしてくれる。
 緊張感をほぐしてくれる光景は誰が作り出しているのだろうか。人間か、自然か。なんにせよ視界に入る緑が美味しく感じる。

 たたずむ御殿の背中に声がかかった。
「あら? お客様かしら?」
 御殿が振り返ると、ひとりの女性が立っていた。軽作業用の汚れた軍手で麦藁帽子をつまんで取り、ゆっくり近づいてくる。
 やや病弱そうに見える顔色、だがツヤはよい。小川が流れるようにウェーブがかった長い髪、糸のように細い目が少しとぼけた印象を与えてくる。それが前髪で見え隠れして、いったいどこに視線を送っているのか分からない。肌の質からすると20代半ばから後半。白いブラウスには縦中央にフリルがあしらわれており、上品さを醸し出している。足首よりやや上まで伸びたロングスカート。とてもじゃないが軽作業の服装とは思えなかった。
 忙しない対応の連続だった御殿には、彼女の気配すら感じる余裕がなかった。

 ――そんな気にとられてか、御殿より先に挨拶をしてきたのは麦わら帽子の方からだ。
「ふふ。はじめまして」
「はじめまして」
 庭師だろうか、従業員リストには登録されてない顔。脇に置かれた大きなビニール袋に刈草が詰め込まれている。草むしりをしていたようだ。

 麦わらの女は御殿の横に並ぶと、一緒になって庭の緑に目を向けた。
「どう? お庭。綺麗でしょう」
「ええ、とっても。手入れされている方の心が表れているように見えます」
 笑顔の女性に笑顔で返す。すると相手は少し驚いたように顔を上げた。
「ほお、若いのにそこまで分かりますか。なかなかの洞察力をお持ちのようですな」
 なぜか照れて後頭部をかいている。誉められた子供みたいだ。「自分がやりました、もっと誉めて」的なアピールだろう。
 適当に話を合わせただけ、とは口が裂けても言えない御殿だった。けど、温かみある庭ということは本音だ。

 少しの雑談の後、女は御殿に目を向けこんなことを言ってくる。
「人当たりも良し、人格も伴っている。それに美人よね……男は放っておかないでしょうに」
「いえ、そんな」
 御殿は照れ隠しで頬を染めた。ほめ殺しに慣れてない。どういう対応をしたらよいものやら。実際、男に誘われても実感がないほど色恋沙汰には鈍感である。

 会議室のほうが騒がしくなり、2人がそちらに目を向けた。
「ふむ。全社総会は終わったみたいね」
 会議室のあたりを遠目に見る女に御殿が問う。
「あの、失礼。関係者の方ですか?」
 女は照れ隠すように、ドロのついた軍手で鼻をポリポリとかいた。とたんに鼻が茶色くなった。
 御殿はハンカチを取り出す。
「ふふっ、泥がつきましたよ?」
「あ~、あんがとあんがとっ」
 手ごろなプランターで女の両手がふさがっていたので、御殿は茶色くなった鼻を拭いてあげた。
 鼻を差し出す仕草がまるで子供みたい。幼稚性を感じて微笑ましく思う。
 甘え上手。御殿より年上だろうけど、母性本能をくすぐるタイプのようだ。

 庭いじりしているワリにはキメの整った質感。聞けば「庭いじりはただの趣味」とのこと。趣味も手伝ってか、こうして定期的に訪れては手入れに没頭しているらしい。納得納得。

 女が両手に抱えたプランターを差し出して見せて来る。
「会議に出るよりこっちのほうが大切だから……サボっちゃった」
 てへへ。無邪気に微笑んではプランターを見つめて大事そうに抱え込む。まるで宝石を持ってあるいているかのように。
 よほど植物が好きなのだろう――御殿は女の行動に一種の尊敬の眼差しを送る。

 申し遅れましたと言わんばかりに御殿が名乗る。
「はじめまして、わたくしは――」
「知ってる。咲羅真御殿さんでしょ? もう1人のブロンドの子は焔衣狐姫さん」
 よくご存知で。
「私は愛宮すみれ。いちおう愛宮の人間だからね。遠縁だけど」
 少し鼻を高くした言いっぷり。愛宮の偉大さを自覚している態度だ。茶目っ気感があるのが説得力に欠けて、それもまた可愛げがある。とはいえ、愛宮の血を受け継ぐ者であることに違いはない。その血の中に野獣を秘めている可能性がある人物だ。
 若年の叶子に代わって議会に出席したりしているようだが、根が子供っぽいので議会に興味がないらしい。
 そんな楽天的なところにも愛嬌があり、周囲に敵対するものもいない。もっとも舐められてるだけのようにも思えるが。

 菫の専攻は分子生物学。海外の大学院を経て日本に戻ってきたらしい。その後、日本で職に就く。
 今回、愛宮鈴道の一件でちょっとした騒動に見舞われたようだが、愛宮ではよくあることのようで、相変わらず多忙な生活を送っているとのこと。

 御殿は菫の抱えるプランターを見つめる。中から淡い緑色の茎が伸び、可愛らしい笹型の葉っぱを携えている。うつむいた緑の蕾が実っているが、アーモンドほどの小ささ。一体なんの蕾だろうか。
 土もただの茶色ではなかった。肥料やら何やらが入っているのだろう。ちなみに栄養のある土には蟻がたくさん住むそうだ。虫は正直者である。
 自然は奥が深いなあ……などと小難しい考えを巡らせる御殿。けど、理科には一切興味がない。

 蕾を見ながら難しい顔をする御殿。
 それを察した菫が答えてくる。
「カサブランカ――白百合。配合種」
「……白百合」
 全然白くない蕾。緑の蕾。これが白くなるというのか。御殿が首を傾げると、菫が答える。
「これから花が咲くの。7月くらいかなぁ。でも今年は暖かいからもっと早く咲くかも。きっと立派に育ってゆくはずよ」
「楽しみですね」
 土の中央に芽生えた小さな命。開花。きっと綺麗な花を咲かせることだろう。白百合なので、きっと全身真っ白で穢れの無い姿を御殿に見せてくれるはずだ。
 御殿と菫は笑顔を返しあった。

 菫は白百合のタンプラーを地面に置くと、御殿の手を取った。軍手の下は透き通るような白くて細い指。質感もやわらかく、人間性がにじみ出ているようだ。
「どれどれ――」
「あ、あの……」
 突然の行動に御殿も焦りの色を顔に出す。反応に困り、目が泳いでしまう。
 菫は気にせず、御殿の手を掴んで離さない。指先一本一本をつまんだり、しまいには摩ってくるではないか。
 一般人には御殿の姿は女性に見えるはず。つまり――
(そっちの性癖の人だろうか?)
 隅々まで確認されているように感じ、同性愛に寛容な御殿でも少々ひいてしまう。いくらなんでも触りすぎ。とはいえ、やらしさを感じないのは菫の作る真剣な眼差しを目にしたからだ。
 まるで宝石を扱うように、白百合と同じように丁寧に御殿の手を観察している。

「うん、白くて綺麗な手をしている。お母さんに感謝しないとね」
「――はい」

 御殿の顔から笑顔が消え、菫から目をそらした。
 御殿に親はいない。生みの親など知らない。ずっと独りだ。

 その後の雑談もほどほどで終わらせ、御殿は踵を返して応接室に戻る。

 振り返らない御殿の背中――笑顔の菫が遠慮がちに挙げた片手を振り続けていた。


レースのカーテン


 応接室から出た狐姫。
「つまんねー話は聞かないに限るぜえ~。そんな時間があるのなら昼寝していたほうがよっぽど健康にいい」
 後頭部で手を組みながら、のんびり愛宮邸をうろつく。

 長い廊下の片隅にテラスへと続く大きな窓を見つけた。
 探検がてら屋敷内をウロチョロ、時間潰しにも飽きていた頃だ。カーテンロールの片隅に手ごろな場所を陣取り、両腕を組んで窓際にもたれかかった。
「ふむ……」
 全身の力を抜いて静かに目を閉じ、窓から入る日の光や木々のささやきに耳を傾ける。
 人間離れした姿はモノノケのおぞましさなど微塵も感じさせない。毛穴一つ目立たない透明感あふれる肌、シルクを纏った穢れ無き天使。ただのブロンド美少女で終わらないあたり、やはり人間とはかけ離れてる存在感を放っていた。

 サワワ……
 サワワ……

 庭で揺れる緑が唄うたび、キュートな耳がピコピコ動く。
 騒がしい音を忘れた空間。静かに流れる時間。ご満悦。
 このまま「ZZZ……」と連呼しながら鼻ちょうちんでもかましてやろうかと思ったものの、立ち寝姿にヨダレを垂らすのもどうかと思った。
 かといって近所の屋根瓦に寝転がろうもんなら、オス猫がまとわりついて体に乗ってくるので正直ウザイ。なので、狐姫の安眠はもっぱら御殿の寝室だ。
 それを見かねた御殿がうるさかった時期もあった。男がどうとか女がどうとか渋っていたが、ゴチャゴチャうるさいので無視してゲームしていた。
 以来、御殿は何も言ってこなくなった。どうやら諦めたらしい。

 カーペットが敷かれた広い廊下には、等間隔でテラスへの出入り窓が設置されているらしく、狐姫の場所からテラス2つ分離れた窓枠に人の気配を感じた。
(ん? 誰かいるのか?)
 興味があるわけじゃない。ただチラリと見たいだけだった。

 狐姫の目に飛び込んできたのは2人の少女。
 一人は愛妃家の制服を着用、もう一人はメイド服に身を包んでいた。互いに見つめあい、指を絡めている。そんなシルエットがレースのカーテン越しに見えた。
(……あんなところで何してんだ?)
 先ほどまで気にも止めない狐姫だったが、2人の少女が寄り添う姿が気になり、しばらく目を逸らせないままでいた。
 指と指をからませているのに、触れているのに、それ以上近づかないでいる。互いを求めているのに相手にたどり着けないもどかしさ。叶わぬ想い。2人の人魚姫――狐姫の目にはそう映った。

 2人の少女が放つ悲しい雰囲気が痛々しく見え、狐姫の胸をキュンと締め付けた。が、当の本人は「俺らしくない」と頑なにそれを否定する。
 センチメンタルに浸るキャラじゃないことは自分でもわかっている。つーか、我ながらキモイ。
 そうは思っても、なぜだろう? 狐姫の目は再び2人の少女に向いてしまう。2人の行く末が気になるのだ。いやしい野次馬な自分に嫌気がありながらも、体は正直だねと苦笑。
 チラリ。
 ふたたび狐姫が横目を作った時だ。ふわりと目の前のカーテンが揺れ、狐姫の視界を遮った。それを合図にハッとして頬を染めて目線を落とす。
(いつから覗き魔になったんだ俺。アホか……)
 視界を邪魔したカーテンが映画のカチンコのようだ。
 撮影を終えた女優2人は、既に狐姫の視界から消えていた。
 何故だか、ふと御殿の姿が頭に浮かんだ――
「アホか俺……」
 目覚ましがわりに両手でわしゃわしゃと顔をこすった――。


執事とメイド


 紅茶の香り漂う応接室。
 御殿とメガネをかけた白髪の執事がテーブルを挟み、向かい合うようにソファに腰を下ろしていた。
「咲羅真さま、こちらからお呼び立てしたのに、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「お気になさらずとも……美味しい紅茶も堪能させていただきましたので、その話はなかったことに――」
 会議が長引いたことを謝罪してきたが、遠目にせよ屋敷に出入りする人物の顔が拝めた。思わぬ収穫を喜ぶべきだろう。会議出席者に関する情報提供にも協力的なところがあり、なんの問題もない。

 九条 宗盛くじょう むねもり――愛宮邸の執事長兼屋敷の総責任者。今回の依頼人クライアント
宗盛の年齢は70代前半。愛宮邸では最年長。綺麗に整えられた白髪と白髭。静かな物腰が執事特有の紳士的イメージにしっくりくる。英国貴族の城内で紅茶を運んでいのが似合う雰囲気をかもしだす。が、格闘術をかじっているのか、肉厚の胸板がガッチリしているのを御殿は見逃さなかった。脇が膨らんでいたので自分と同様、銃を所持していると考えたが、そんな不自然な膨らみではない。明らかに筋肉だ。
 執事たる者、用心に備えて鍛えていても不思議はない。ちなみに狐姫のなかではセバスチャンという名前になっている。

 数日前、屋敷の従業員が突然意識を失った――いっこうに目覚める気配もなく、途方に暮れていた宗盛は、近ごろ頻発している意識不明事件に着目。不可思議な現象ということで警察はもってのほか、誰も真剣に取り組まないであろう今回の事件。アンダーグラウンド内で有能な人材を探していたところ、御殿の所属する会社にたどり着き、藁にもすがる思いで連絡をとった。

 調査を担当することになったのは、まだ若年の御殿と狐姫。
 もっと腕っ節のよい男が欲しい宗盛だったが、事前に用意していた愛宮のボディーガードの関節をきめてしまう姿に惚れこんだ。後ろ手に押さえ込んで倒したボディーガードの後頭部に銃口を突きつけなかった態度もクライアントに対する礼儀が感じられて好感が持てた。

 ――そうして宗盛は御殿と狐姫に調査を任せることにしたのだ。

「先日のご無礼をお許しください」
 と、宗盛が謝罪。
「この世界ではよくあることです。お気になさらないでください」
 傭兵の面接試験などめずらしくもない。御殿はさらりと控えめな笑顔で返す。

 工場跡から帰還した御殿と狐姫のもとに宗盛から「従業員が目を覚ましたので来てほしい」という吉報が入り、緊急の呼び出しを受けた2人。
「まだお若いのに心強い……」
 目の前に座るエクソシストに宗盛が笑みをこぼした。
 それに対し、御殿が恥ずかしそうにうつむく。子供のよう――誉められるのは嬉しい。役に立ってるようでまんざらでもない気分。

 御殿は薦められたカップの紅茶を口にした。
 シャンパンのようなさわやかな風味が鼻腔を抜けていくのが心地よい。
(ダージリン、セカンドフラッシュか……うまくブレンドされてるなぁ)
 紅茶スキーの御殿は瞬時で悟った。ほのかな甘みやバランスのとれた渋み、淡い瑠璃色……ウンチクを並べればきりがないのだが、状況が状況だけにゆっくり味わってもいられない。
 緊張に身をおいてしまうと、食事を味わう楽しみすら感じられないのが生物というものだ。
(……せっかくの高級茶葉だというのに勿体無い)
 カップをソーサーに戻す。
(事件がひと段落したら、ゆっくり美味しい紅茶でも飲もう)
 げんなり感は表情に出さない。いろんな感情が入り混じるが、ポーカーフェイスには慣れていた。

 御殿は用意したA4の封筒を手に取る。
「これは、ある廃墟で撮影した写真と報告書なのですが――」
 紐を解き、中から取り出したのは、昨夜、工場内で撮影したばかりの写真と現場の状態をまとめた報告書。それらを宗盛がテーブルいっぱいに広げて見入った。

 宗盛は老眼鏡を上下させ、写真を手に取り一枚一枚をジッと見比べる。時折、眉をしかめたりする。
 御殿が昨夜の工場跡での経緯を説明すると、おだやかな紳士の表情が曇った。
「これは……なにかの儀式なのでしょうか?」
「お怪我はございませんでしたか?」と、御殿に気を配るあたりが執事長たる所以なのだろう。相手を包み込むような瞳の暖かさから察するに、本心で言ってるのは違いない。本来、アングラ要員なんて捨て駒である。代わりはいくらでもいるのだ。けど、そんな何気ない心遣いをする宗盛の人柄が御殿の中に好感を生んだ。
「お心遣い感謝いたします。わたくし共は無事なのでご心配なく――」
 淑女のように胸に手を当てゆっくり頭を下げる。『わたし』ではなく『わたくし』と言っちゃうあたり、若年にしては立派な大人の対応。常日頃からクライアントに対して無礼のないよう、飼い主から言い聞かされている。

 陣を破壊した際、プリズムが舞った。その後、意識を取り戻した人達がいるとの報告を宗盛に告げる。
 なおも宗盛は写真に食い入る。
「何のためにこんなことをしているのでしょう……?」
「まだ詳しい事はわかりませんが、悪魔崇拝の類が関係しているかもしれません。宗教が絡むと公安も動きにくいでしょうから、わたくし共で宗教関係も当たってみる予定です」
「ふむ……」
 宗盛がため息混じりで髭をまさぐり天井を見つめている――なにやら考え中のご様子だ。
 そう察した御殿。余計な口は開かない。

「……」
「……」

 無言を破り、ふたたび宗盛の視線が写真に戻った。老眼鏡を上下に揺らす仕草にこの上ない真剣さがある。
 それをしばらく見つめていた御殿だったが、気になっていた事があった。
「従業員の方がお目覚めになられたとお聞きしましたが……もう歩けるのでしょうか?」
「はい。アレはまだ若いですからね。昨日の今日だというのに、もうピンピンしてますよ。今、こちらに向かわせましょう」
「あ、ご無理はなさらずに」
「山を越えてくるわけではないから、大丈夫ですよ」
 ふぉっふぉ、と笑顔をつくって受話器を手に取る。
 御殿はそんな表情を見て、ひとまず胸をなでおろした。本当のところ、被害者本人からも当時の事情を聞きたい。とはいえ、まだ病み上がりである。事情を聴くのは控えたほうがよさそうだ。
 愛宮邸に訪れたのは、『彼女』の容態を見に来たという理由もあるが、無理をさせては本末転倒。後日、改めて事情を聞かせてもらおうと思っていた――御殿がその旨を伝えようとした。
 その時だ。

 ――コン、コン、コン。

 扉をノックする音が部屋に響いた。静かに、少し弱々しい、そして間隔が広いノック。物静かで繊細な心の持ち主のようだと御殿には思えた。
「どうぞ」
 宗盛の一言の後、「失礼いたします……」と一人のメイド姿の従業員が入ってきた。
「お呼びでしょうか、執事長」
 ソファに腰を下ろしていた御殿は、入ってきたメイドと目が合うなり軽く会釈を交わした。

 扉の前に立つ少女――まだ10代だろう。サラリとした質感を持つクリーム色の長い髪。綺麗ではあるが、人間離れしている透明感ある肌は絵画から飛び出してきたかのような違和感がある。すれ違うひと誰しもが彼女の姿に目を奪われ振り返ることだろう。色白の肌は健康というより病弱のそれに近い、なにより真っ赤な瞳が印象的だ。病み上がりで充血してるのだろうとも考えたが、相手のおっとりとした喋り口調から察するに、もともと虚弱体質なのだろう。

 ――とか、いろいろと推測する御殿。それでも、いつも狐姫の髪を見てるからであろうか、御殿はそれほど驚かなかった。

 あれこれ考えている御殿の手前、宗盛が少女の体を気遣いながら自分の隣へ座らせた。
「咲羅真さま、ご紹介します。この子の名は華生けいき。ここのメイドとして働いております――」

 九条 華生くじょう けいき――愛宮邸従業員。年齢は15とまだ若い。数年前に両親を事故で亡くしており、引き取り手もない。気の毒に思った鈴道がその身を引き取った。養女としてではなく、いち従業員としている。血縁関係の線はなく戸籍上でも愛宮とは無関係。九条を名乗る理由は、宗盛が保護者となっているからである。
 愛宮邸に引き取られて以来、叶子とは時同じくして育った幼馴染でもある。とはいえ、四六時中行動を共にすることはなく、叶子とは敷地内であっても挨拶程度に留まっているので、特別に親しいわけではないようだ。
 愛宮家からの薦めで学校へ進学するよう本人に話してみたものの、本人が従業員として働くことを強く希望したため、愛宮家は彼女の意思を尊重した。
 勤務態度は至って真面目であり、温厚な性格もあってか周囲の人間とも上手くやっているようだ。決して活発ではないものの、持病もなく健康状態は良好とのこと

 仕事のストレスが原因で意識を失ったかのように思われたものの、眠る華生は尋常ではない速さで日に日に衰弱していく。それが宗盛に行動を起こさせた。
 だが事態は一変。今朝、華生は門の前で倒れていた。保護された後、何事もなかったかのように目を覚ましたのだ。

 ――それが数時間前のことだ。

(王子に口づけされた白雪姫はあっさりと目を覚ましたとさ。めでたしめでたし……とはいかないかもね)
 小さな地震が大きな地震を誘発させることがある――御殿は目を細めた。不安を煽ってくる直感、それを振り払うような険しい表情をしている。いっけん、いい方向に向かっているはずなのに、御殿はそう思えないのだ。

 宗盛が華生の顔を心配そうに覗き込む。
「意識を失う前に何か変わったことは無かったか?」
「変わったこと、でございますか? そ、そうですねぇ……」
 宗盛の問いに華生が当時の記憶を辿るように天井を見ながらポツリ、またポツリと呟く。
 御殿はそれを無言で見つめる。
「そういえば、日に日に体力が無くなっていく感じがしました。まるで……少しずつ、筋肉を削り取られていくみたいに、そうしているうちに立っていられなくなって、それでわたし――」
 途切れ、途切れ、説明を続ける。
「それで……意識を失ったのか?」
「……はい」

 申し訳なさそうな態度が華生のおとなしい性格を醸し出している。周囲に迷惑をかけたのだと反省、自責の思いが周囲に伝わってくる。
 そこへ御殿が口を挟む。
「目が覚めたのは深夜だったとお聞きしましたが?」
「はい、門の前で保護されてから寝室に運ばれました。それから誰かが泣いている声が聞こえて……」
 そう口にしたとたん、華生はハッと口を噤んだ。御殿はその奇行を見逃さなかった。
 門の前で倒れていたと聞かされ、腑に落ちないでいる御殿。なぜ門の前で倒れていたのだろう?
 「誰かが泣いていた」――誰かとは誰だろう? 宗盛……ではなさそうだ。他に親しい人間がいるのだろうか?
 言いたくないこともあるだろうと思い、御殿はあえて突っ込まずに別の質問をする。
「深夜の……何時位に目が覚めましたか?」
「確か……午前2時前くらい、だったと思います」
「午前2時前……」
 御殿はうつむき考える――午前2時前といえば、狐姫と共に工場跡にいた時間帯だ。でもって、崩れた天井に煎餅みたく潰されそうになったのを思い出した。
 しかし、問題はそこじゃない。

(廃墟からの退避直前、やった事があったはず――)

 陣を足で消す行為――それを思い出した後、御殿はゆっくり立ち上がり華生を見る。
「事情はわかりました。今日のところは失礼させていただくとして、また日を改めてお話を聞かせていただけますか?」
「え、は、はい……お力になれればよいのですが……」
 華生は胸を撫で下ろすように言葉を吐ききった。
 御殿はそれを見て、やはり九条華生は何かを隠している、と改めて思う。
「九条様、それでよろしいでしょうか?」
 御殿は振り向き、宗盛に確認する。
「我々は構いません、この子がそれでよいのなら……」
 そう言って宗盛は、ソファから立ち上がる華生の手を握った。両者とも愛宮邸に来てから時間が経つ。その分付き合いも長い。養子縁組とはいえ、目の前の2人には血よりも濃いものがかよっていると御殿は感じていた。
「お大事にね」
「お気遣い、感謝いたします」
 向けられる華生の笑顔――少しずつ元気が戻ってきているようで御殿はひと安心。


学び舎


 御殿がドアノブに手をかけ部屋を出ようとした時、宗盛に引き止められた。
「ああ、お待ちください咲羅真さま……」
「はい?」
 御殿が振り返ると、宗盛が戸棚からA4サイズの封筒を取り出す。
「これを貴方に――」
 差し出された封筒には、愛妃家女学園と明記されている。

 学園指定の専用封筒――。

 分厚い封筒には何が入っているのだろう。前金は口座に振り込まれているし、残りの支払いはタスク完了後だ。となると……?
 御殿は手渡された封筒の中身を覗き込んでピタリと硬直した。何枚かの書類と手帳らしきものが2冊づつ入っている。学園案内のしおり、契約書、それに生徒手帳――意味が分からない。
「生徒手帳と入学手続き……」
 口にした途端、御殿はハッとする。
 まさか――!
「せ、生徒に成りすまして潜入警備のご依頼……でございましょうか?」
 顔色を伺うように見上げる御殿。内心、予想が外れて欲しいことを願っている。
「お察しがよろしいですね、左様でございます」
 左様でございますか。
 その『まさか――』、でした。
「今回の依頼内容はお分かりですね」
「はい。聖色市の意識不明事件の原因究明です」
「――左様。今回の件、まだ問題解決には至っておりません、時間がかかるやもしれません。叶子様は勿論のことですが、学校経営者の1人としましては、生徒達の身の安全も考慮しなくてはなりません。生徒たちの護衛役として誰かを配置に就かせたいと考えております」
「お察しします……」
 御殿の額に冷や汗がにじむ。
 狐姫には荷が重いかもしれないが、愛妃家は女子校。男性の自分が入学するのは混乱をまねく。潜入操作の件は女の子である相方に全てお任せするとしよう――そう決めていたところへ、
「承知しました。焔衣に向かわせます」
「1人より2人。咲羅真さまも含めての依頼です」
「お2人にお任せしたい」と宗盛のカウンターを食らってしまう。御殿と狐姫、セットでのご指名。
 御殿はすぐさま切り出した。
「ほ、焔衣は我が社が自信を持ってオススメできる人材です」
「我々MAMIYAも敵が多いのです。戦力もそれなりに増しておかねばなりません」
 チラッ。宗盛の視線。
 ビクッ。御殿の肩が揺れる。
 なんとかならないかな~。困ってるんだけどな~――宗盛の視線が痛い。
 指名料を見る限り、なかなかの金額だ。が御殿はやや躊躇してしまう。
「ま、愛宮邸内で腕の立つ方を学園に配置してみてはいかがでしょう? かなりの逸材を揃えてらっしゃるとお聞きしましたが……?」

 愛宮邸ボディーガード――警察から退いたシークレットサービス、軍人あがりの傭兵まで席を置いている。そんなドーベルマン達を庭で飼い慣らすことができ、それだけの人数を揃えられるのは愛宮の成せる技だ。覆面警備員を学園に潜入させる事など造作もなこと。

 潜入捜査以外にも手はある――そう伝える御殿を宗盛が説得する。
「いろいろと考えてみたのですが、咲羅真さまはそちらの業界ではなかなかの芸達者とお聞きしております」
 「そちら」とは退魔業のこと。「芸達者」とは暴魔相手にランチキ騒ぎをする奴らとして有名ということを踏まえているのだろう。不本意ながら暴力沙汰に愛されているのは否めない。
 何にせよ信頼されてるのはよいことだが、どこでどんなウワサが流れていることやら――御殿は肩をすくめた。
「制服や備品はこちらでそろえておきましたので、なにとぞ前向きにご検討くださいませんか? 御社の了解はとっておりますので……」
(…………はい?)
 にこやかな御殿の額からダラダラと冷や汗。回避は失敗に終わる。
 すでに社長の了解をとってたんだってさ。

 用意周到、紳士の笑みの裏側にある腹黒さ。外堀から埋めてゆく策士っぷり。前世は孔明? 孔明なの!?
(生徒達の護衛か……最初からこれが目的だったの?)
 物騒な世の中になったものだと御殿は思う。
 と同時に「九条宗盛、喰えない男である」――そう理解した。


愛宮の庭を彩ろう


 愛宮邸庭園。
 想夜が両手いっぱいに植物を抱え込んで歩いてくる。
 いつものお手伝い。土で汚れた軍手。それで汗を拭っては、顔に茶色いメイクをして頑張るのだ。

「菫さん、この花どこに植えます?」
「あー、それはね~」
 果てしなく続く芝生を見渡しては、いい場所を探す。デザインはガーデニングの命だ。
「ふふん。デザインは大切よね――」
 街いっぱいに花を咲かせよう。世界を花で彩ろう――それが菫の夢だ。
 世界に思いを馳せる者に妖精は寄ってくる。優しい心の持ち主のもとへ妖精はやってくる。嬉しいときも、哀しいときも。妖精はすぐ隣にいる。人間を見守っている。
 心優しき人間の波長と妖精の波長は相性がいい。
 なので、今日も想夜は菫のお手伝い。

 作業の傍ら、雑談も交えて世間話。
「想夜は好きな人とかいないの?」
「ううん」想夜は首を左右させた。
「若いんだから、さっさと好きな人作れば? 相手の部屋でお楽しみしちゃえ」
「お楽しみって、どういう意味です?」
「え? 意味分からないんだ。13歳だからまだいいけど、このままだとヤバイ。重い女って言われそうだわ、カワイソ……プッ」
「重くないよー、あたし軽いよ」
「そう? 最近お尻のお肉が――」
 プニプニ――菫が想夜の尻をつまむ。
「重くないよー、あたしお尻も軽いよ?」
「その言い方だと尻軽女の異名が付きそうで危険だわよね……」
 若いうちは言葉を選ぶことも覚えなければならない。
 菫が思い出したように笑顔をつくる。
「あ、そういえば想夜」
「はい」
「あした、いいことあるかも」
「え? なんのことです?」
「ひみつうううううううううっ」
 もったいぶっている。というより子供のように意地悪っぽく言ってくる。
「えーなになにー? 教えてー」
 愛宮邸の片隅で賑やかな声が響いていた。