1 消えた歌姫

生存者の日記より


 『妖精は美しく、心優しい――』
 くだらない妄想――最初に言った奴を殴りたい。
 怒りに身をまかせ、我を忘れたその姿は、地獄の悪魔よりもずっと残忍で極まりなかった。

 とくに酷い怒りを見せる時がある――それは人間にたばかられた時だ。

 人は妖精に近づき、騙し、利用する。
 ああ、分かっている。悪いのは人間だ。
 いつだってそうだ。人間は兵器を生み出す生き物だから。戦争を生み出す生き物だから。
 悪事利用されたと知った時の妖精たちの狂いっぷり、あれは正気の沙汰ではなかった。

 人間たちの首筋を噛み千切り、はらわたを引きずり出し、それらをむしゃぶりつくす光景――妖精たちの逆鱗にふれると、そんな宴がひらかれる。

 先日、それを目の当たりにした。

 そうして理解したんだ――地獄絵図を描くか描かないか。それは人間次第であるということを。

 ――忘れはしない。
 
 晴湘市が死体の山と化した日のことを。
 俺たちは生き残った仲間と共にあの街を離れ、別の街へ移住した。

 あの日、馬車に乗った女が奴らを連れてやってきた。
 街は奴らに占拠され、人々は食い殺されていった。

 もしも俺に力があるのなら、奴らを片っ端からぶち殺してやりたい。
 けれども、弱者は涙を飲むことしか出来ない。

 悔しくても悔しくても、胸に秘めた怒りという復讐は果たされることなく、苦痛に歪む俺の顔を見ながら笑い転げることだろう。

 奴らはどこまでも追ってくる。再び、どこかの街が同じ被害にあうだろう。
 そうならないために、誰かが立ち上がらなければならない。

 ――毎日毎日、悪夢にうなされる。
 
 晴湘市のみんなは、本当に安らかな眠りについたのだろうか?
 夢の中、俺に語りかけてくる人々の顔はとても幸せとは思えない。

 『苦しい』、『死にたい』、『楽にしてくれ』――。

 腹の奥から振り絞るような苦痛に満ちた叫びが、俺の脳裏にこびり付いて離れない。
 
 あの日、あの街で起こった真実とは何だったんだろう?
 
 沢の迷い子と過ごした時間は夢だったのだろうか?
 俺たちが生き延びた意味はあるのだろうか?
 馬車に乗った黒い婦人……いったい何者だったのだろう?
 何も分からぬまま、俺はいつも途方に暮れる。

 助けてくれ。
 誰か、
 誰か、誰か、
 誰か――。

 今日も俺は、殺されてしまった人々の代弁者となって苦痛に悶え、そうやって夢から覚めるのだ。

 もう二度と、あんな地獄の宴が起こらないようにと、
 そう願って――。

 晴湘市 生存者:咲羅真 調太郎



JC2試合目


 愛妃家女学園 体育倉庫――。

 放課後。日直の想夜は倉庫整理に勤しんでいた。
「ふう、片づけ終ーわりっと♪」
 額に滲む汗を手でぬぐうと、ドアの向こうから狐姫の声が聞こえてくる。
「あ~、なんか面白れえ事ないかなあ~っと……お? 獲物がいたぜ!」

 想夜の姿を見るなり、にやりと笑いながら近づいてきた。

「いよう想夜、邪魔しに来てやったぜー!」
「なにようっ、手伝いに来てくれたんじゃないの?」
 ふくれっ面の想夜の背中を狐姫がバンバン叩く。
「ちょうどお前のことを探してたところだったんだ♪」
「もう! あたしをからかっても面白くも何ともないよっ」

 倉庫の片づけが終わった後は要請実行委員のお仕事が待っている。備品のチェックに蛍光灯の交換。各部活動の助っ人etc、etc――ゲッシュ界にいた時間だけ溜まりに溜まっている。

「狐姫ちゃんも片づけ手伝ってよ」
「時給は?」
「これでどうだあっ」
 想夜が誇らしげに5本の指を見せた。
「5000円!? マジ!?」
「50円。カリカリ君買える」
 キリッ。
「やっぱ帰るわ」
「ちょちょちょちょーっ」
 想夜は壊れたジュークボックスよろしく声を上げ、出て行こうとする狐姫を必死に引き留めた。

 10分後――。

 嫌がる狐姫に手伝わせた甲斐もあり、思ったよりも早く片づけが終わった。
「あとはボールをしまって終わりだよ」
「あ、そ。じゃあ俺はトレーニングでもしてますか」
「もう手伝ってくれないの?」
 あちこちに散乱したボールを拾う作業。ひとりだと骨が折れる。
「アホか。お前が俺のトレーニングを手伝えよ。ボール片づけを早く終わらせたまえ、ウスノロ妖精の想夜クン」
 くいっ。妄想メガネを指で上げ、賢い探偵みたく鼻で笑いながらストレッチを始める狐姫。
「ふぇあ? トレーニングの手伝い? あたしの仕事増やすために登場したの?」
「おう」
「もう! 狐姫ちゃんのいじわる!」
「何言ってんの? 俺ほど優しい奴以外がこの世界のどこにいんだよ」
「御殿センパイ」
「はははっ、後で眼科いってこいよ。きっとアホ割してくれるぜ?」
 アホだけ割引。3年間無料。
「失礼ね! あたし視力いいもん!」
「あーはいはい。10.0くらいあるんだろ?」
「ないよ!」
「やっぱ眼科いってこいよ」
「じゃあ視力検査してみてよ」
「おういいぜ」
 狐姫が距離をとり、Vサインを作る。
「俺の指何本に見える?」
「2本」
「5本だアホ、眼科で割引きしてもらえ」
「なによそれ、なぞなぞ!? ももも、もう一回!」
「おーし!」
 狐姫が腰を横に伸ばして両腕で大きくCの字を作る。
「どこが欠けてる?」
「右!」
「おしい! 正解はお前の右脳」
「もうっ、もうっ、もう!」

 地団駄をふむ想夜を無視する狐姫。さっそく平均台に寝ころぶ。頭の横あたりに腕をまわして台の端を両手で掴みながら、左右の肩甲骨を固定。下半身を宙に浮かして45度の逆立ちの状態を保ったまま固まっている。想夜以外は誰もいないので、パンツ丸出し状態でのドラゴンフラッグ。

「想夜、ちょっと足に掴まってくれる?」
「もう、しょうがないなあ。まだボールの片づけ終わってないのに……」

 重石おもしでもつけなければ腹筋への効果が薄いと思った狐姫。そばにいる者は誰でも利用する。

 ナナメ姿勢のまま逆立ちする狐姫の足に、想夜がコアラのようにしがみ付いた。
「いくよ? い~ち、に~い……」
 想夜が呑気にカウントを取る。
 傍から見てると何してんの、この人達? と言われそうな恰好のまま、徹底的に腕と腹筋をイジメまくるマグマの代弁者。

 腹筋トレーニングが一通り終了。お疲れ様でした。

「ふうううううう……よっと!」
 狐姫がゆっくりと息を吐き、足を下ろして立ち上がる。
「あたしもやってみようかな~?」
「ドラゴンフラッグ? いっちゃう? ドラゴンフラッグいっちゃう?」

 ケタケタと笑う狐姫の手前、想夜が横たわり、平均台の端を掴んだ。

「こんな姿勢でOK?」
「おう。羽は使うなよ、チートも無しな。両足をナナメ45度まであげて10秒停止できたらアイスおごってやんよ」
「ホント!?」
 アイスと聞いては黙ってられない! 想夜が瞳を輝かせた。
「おうよ、マジマジ!」
「やった! それじゃ、いくよー」
「う~い!」
「いぃぃぃ~っち!」

 想夜、両足は真上まで上がるが腰は浮かず。平均台の上でL字のような恰好で固まっていた。

「はははっ。カッコわる! 腹イテー! お前の格好見てたほうが腹筋に効くんじゃね?」
 狐姫が腹を抱えて大爆笑。それでも想夜は自身満々、負けた感まるで無し。
「狐姫ちゃん、足に掴まっていいよー」
「は? おまえナナメ45度じゃねーじゃん。腰も浮いてねーし。負けてるのに勝ち誇った顔、なんとかしろよな」
 と言いつつも、なんだか面白そうなので想夜の両足に掴まる狐姫。
「狐姫ちゃん、もう一回いくよー」
「おう!」
「いーっ……ち!」
 狐姫がしがみついているせいで、今度はまったく足が上がってない。とはいえ、手術した右手首も日を追うごとによくなってきている。何の問題もなくワイズナーを握る姿をもうすぐ拝めるだろう。
「にいいい! さああん!」
「偉そうにカウント取り続けるんじゃねーよ。腹筋だけじゃなくて腕や上半身の筋肉を活かせって、さっきから言ってんだ……ろ!」

 ボフッ! 狐姫がバスケットボールを手繰り寄せて振り上げ、想夜の腹に思い切り落した。

「ブフェッ!?」
 腹に一発叩き込まれてうずくまる想夜。あまりの痛さで、思わず口から目玉が飛び出しそうになる。
「げほっ……もう! なに考えてるの狐姫ちゃん!」
 腹を抱えてうずくまる想夜。涙目で狐姫に訴えてくる。
「はははっ。見よ! これが筋トレの厳しさなのだ、思い知ったか!」
 わーはっはっはっは! 狐姫が腕を組んで仁王立ち。高笑いで想夜を挑発してくる。
「もー! なによなによ! ボールで殴ることないでしょ! 口から腹直筋が飛び出すところだったよ!」

 腹直筋――鍛えると6つに割れる筋肉のことね。

「お前ぜんぜん腹筋割れてねーだろ! ケリ一発で折れるほど細いじゃねーか!」
 と言いながら、両手で想夜の脇腹を鷲づかみ。大男の両手ならスッポリと収まるほど華奢なサイズだ。
「甘く見ないでよね、あたしの腹筋の威力みせたろかい!」
 くわっ。想夜が目くじらを立てて怒り心頭。狐姫に食いかかる。
「おう、やるかあ!?」
 シュワッチ! 狐姫が両手を突き出して構える。
「おう、やったるわい! キックの鬼、ここに降臨なんだから!!」

 ローキック、ハイキック、かかと落としからの後ろ回し蹴り――アニマルパンツ丸出しで、やる気満々の想夜。

「よっしゃ! 今日こそリングの肥しにしてやんよ! 上がってこいやコノヤロー!」

 カモンカモンと想夜を挑発する――前にもあったな、こんな光景……。

 両者とも、高く重ねられたマットの上に上がりこんだ。
「今日こそFPSがシューティグゲームじゃないってことを証明してやんよ!」
「あたしだって同意なんだから! 縦横シュー以外は邪道だってことを証明してあげるんだからね!」
 荒野を走りながらショットとか意味分からん! 車で移動中に爆破された? それってアクションゲームだろーがよ! 大人数で楽しそうにプレイするリア充なんざ、どこかの遊園地でも行って勝手に騒いでろや! コントローラーと真剣に向かい合ってこそ硬派ゲーマーだろーがよ!!
 変なところで意気投合……しかし!

カーン! 女同士の血で血を洗う戦いの火蓋は、ふたたび切って落とされたのだ!
 
 想夜と狐姫、お互いの指を絡め……フィンガーロックの姿勢に入る!
 狐姫がニヤリと笑う。
「ふふふ……ここまでは前回と一緒だな、だが!」
 想夜の腰に両腕を回し、逆さまに持ち上げて背中をマットに叩き付けた。

 バチーン!

「ぶふぇ!?」
 背中をマットに叩き付けられた想夜、口から何かが飛び出しそうなくらい声を漏らす。
「あ痛ったあああ!」
「ちょっとの不具合でアプリ運営に『補填しろ補填しろ』って、うるさいカスが多い世の中になったよな、ケッ!」

 痛たたたた……腰を摩り摩り、想夜がゆっくりと起き上がった。

「もう狐姫ちゃん、飛ばしすぎぃ! まるで携帯端末でボタンポチポチ押してるだけのゲーマー気取りしてる勢いだけある人……みたいじゃん!」
 想夜、狐姫の後ろに回り込んで右太腿にへばりつくと、足を持ち上げて一気に前に倒す。

 ビターン!

「痛ってー!」
 つんのめった狐姫が顔面からマットに沈む。
「うう、くっそぅ……」
 鼻をさすりながらも狐姫はすぐさま立ち上がり、
「ああん? 誰が札束でほっぺた殴り合って満足している奴だ! エセゲーマーと一緒にすんな! 笑わせんじゃ……ねーよ!」
 そばにあった新体操の棍棒を使い、想夜の股にグリグリと押し当てた。
「ふえあああああ!?」

 想夜、両足をルの字にしながら両手で押さえて悶える。

「らめっ、らめっ、らめえ!」
「なーにーがー『らめっ、らめっ、らめえ!』なんだぁ~? 言ってみろ、ホレ、ホレ、ホレ!」
 狐姫がニヤつきながら、想夜の股に棍棒をさらに捻りこんだ。
「イベントイベントって、週に何回イベントしてるんだ? ラスボスもエンディングも無いクセしやがって!」
「やめて! やめて!」
 四つん這いになって逃げる想夜。
 狐姫は近くに転がっていたバトンを思い切り想夜に投げつけた。
「逃がすか! 食らえ、アゾット剣!」
 バトンがくるくると宙を舞い、想夜の額に飛んで行く。

 スコーン!

「あイタっ!」
 アゾット剣、みごと想夜の脳天に直撃!
「ははは、だっせえ! おまえの変顔、109枚の石板に刻んだろか? 『黙示録1章 ツルペタ妖精、ここに眠る――』。とかマジックで書いてみたりしたりして! 遺影ってやつ? イエーイ!」

 ラッパーみたく両腕を突き出し、ポーズを決めた狐姫がケタケタ笑っている。

「なによなによ! 飛び道具に頼った時点で敗者だって言ったの狐姫ちゃんでしょ!?」
 想夜はマットを折りたたみ、中央の狐姫をサンドイッチのようにペシャリと押しつぶした。
「むぎゅうう!?」
 カエルを潰したような声を上げる狐姫。
 想夜は構わず、続けてマットをぐるぐるに丸め込み、恵方巻のような形を作り上げた。
「むぐううう!?」
 マットの中で息苦しそうに悶える狐姫。
 想夜は巨大な恵方巻を肩まで持ち上げ、ボール籠めがけて叩き込んだ。
「パワー……ダーーーーンク!!」

 グワッシャアアアアアン!

 巨大な恵方巻。逆さまの状態で狐姫はマットごと籠の中へ綺麗に収まった。
 想夜は籠に手をかけグルグルと回す。
「コーヒーカーーップ!」
「うわああああ! やめろやめろやめろおおお!」
 籠が回転しながら移動し、遠くの壁に激突。恵方巻がこぼれ落ち、中から狐姫が芋虫みたいに這い出してきた。
「ぐぬぬぬ……俺、もうおこだぜ! マグマ使っちゃるわい……」

 ボウッ!

 狐姫の拳が真っ赤に燃え上がった瞬間、想夜は羽を広げ、アルゼンチンバックブリーカーよろしく相手の腰を頭の上まで持ち上げて飛び上がった!
「どおおおおこいっ、そうやあああああ!!」

 ボシュウ!

 羽がバーナーのように唸りを上げ、ピクシーブースターで一気に飛翔。天井に狐姫を打ち付けた!
 ちゅどおおおおおん。
「どぅはっ!?」

 小規模の爆発がおきて狐姫の全身を焼き尽くす。う~ん、自爆テイスト――手元の爆竹に火をつけた途端に破裂、みたいな?
 ※妖精界の住人しか出来ない技です。

 天井に全身を打ちつけて落下する狐姫。全身からプスプスと煙が上がっているではないか。
「プププのプーだ、狐姫ちゃんかっこい~♪ マグマなんてチートを使うからそうなるのよ!」

 ポリゴン全盛期にも関らず、2D開発で勝負した勇者たちよ――貴方たちは最高の戦士ヒューマンだった……。

「こ~のぉ~や~ろ~おぉおおおお~!!」
 狐姫がこめかみに血管を浮かせている。
 想夜がマットの上でピクピクしている狐姫を立たせようと挑発を繰り返してきた。
「Hey! Get upゲタッ! Get upゲタッ!」
「あん? 池田? 池田? ……なんて言ってんのお前? 発音だけで笑い取るなよな!」
「げっとあっぷって言ったの!」

 ぺちん、ぺちん! 狐姫の尻を叩く妖精。フェアリースパンキング絶賛開催中。

「イテ! イテ! イテ! ……日本語でOKだぜ、かっこつけてんじゃねーよバイリン妖精が!」
 狐姫は立ち上がると想夜に足をひっかけて転ばし、お返しに相手の尻をペチンペチンと叩き始めた。
「痛っ! 痛っ! 痛ったあ~い!」

 ペチンペチン! 発展途上の尻肉を太鼓のように打ち鳴らす狐姫。

「あれ~想夜さん? 最近太りましたあ~? 太りましたよね~? このブクブク妖精が!」
「太ってないもん! 体重変わらないもん!」
 失礼しちゃう! と、想夜ふくれっ面で涙目。
「菓子ばっか食ってるから太ったかと思ったぜ~。年がら年中ハロウィンのクセしやがって! お前の頭ん中はいつだってカーニバルだもんな!?」
 挑発、ここに極まれり。
「なによ、もう!」
「おわ、あぶね!」
 想夜がマットの端を思い切り引っ張ると、狐姫が大きく体勢を崩して後ろに転倒する。

 どて~ん☆

「ぶふぇえええええっ!」
 狐姫、顔面から場外へ突っ込んだ!
 マットの上の想夜が白い歯を見せながら笑っている。
「リングアウッ? リングアウッ?」
 両手でカモンカモンと狐姫を挑発! もはやリングは想夜の縄張り。おいでよ! 妖精の森へ!!
「こーのーやーろおおおおおおっ~。おい森上等、やってやんよ!!」
 狐姫がワナワナと震えだし、両手をついて起き上がる。
「よくもやりがったな! このツルペタ妖精が!!」

 怒り心頭。手元に転がっていた新体操のリボンを手にすると、想夜に向かって場外から飛び掛かった。

「ほわっちゃあああああ!」
 暗い夜道に突如現れた変態よろしく想夜の前に立ちふさがり、相手の両手をリボンで後ろ手に縛り上げ、「ふんぬう~っ」と体を持ち上げた。
「ふえぁあああ!? ちょっ、なにするの狐姫ちゃん!?」
 狐姫は近くの跳び箱に向かって歩き、そのまま想夜の体を跳び箱の上に放り投げる。
「そこに座って明日までピヨピヨ叫んでろや、森の妖精がああああ!!」

 ずどおおおおおんっ。想夜が大股開きで跳び箱の上に叩きつけられた。

「あ痛たたたたたっ……いやーん!」
 手も足も出ないお座り想夜。ならば……と目の前のリボンを口にくわえて、思い切り引っ張った。
「ほええおふらえええええ! (これでも食らえええ!)」

 ぐいっ。

「うわぁ!? なにをする!」
 リボンが上手く狐姫の股をとらえ、下からえぐるようにピンと引っ張られた。
 狐姫の股間にグイグイと食い込むリボンが、一本の筋を作り上げた。
 リボンをくわえながら、想夜が叫ぶ!
「ほひえひゃんおえっひ! へんはい! ひふえ!」
 狐姫ちゃんのエッチ! 変態! 狐! と申しておられます。
「痛でででで!」

 股に食い込んだリボンから必死に逃れようとする狐姫、とっても涙目。

「パンツ食い込んだパンツ食い込んだ!」
 狐姫がスカートの中に手を突っ込み、パンツ位置を懸命に直している。
 そこへすかさず想夜が手を入れてきた。
「狐姫ちゃん、それよこしなさいよね!」
 狐姫の下半身に抱き着き、パンツを掴んで下ろそうとする。
 狐姫も負けじと、かがんだ想夜のブルマーに手をかけた。
「誰が渡すもんか! お前こそパンツよこせオラァ!」
 お互い、ブルマーごとパンツを奪う強引な作戦に移る。もはや力と力のぶつかり合い。そこに情けはいらない。

 奪うか、
 奪られるか。
 ――それが血で血を洗うパンツ合戦だ!

「脱うううう、げえええええ~」
「いいいいい、やあああああ~」
 互いにブルマー&パンツを引っ張り合う。
 いつの間にやら想夜にもリボンが絡み、不本意ながら狐姫と一体化していた。
「ケツ見せろおおおお」
「尻尾さらせええええ」

 互いに一歩も譲らない。が、すでに膝まで脱げているブルマー&パンツ。

「早く脱げよ! 誰か来ちまうだろーが!」
「狐姫ちゃんこそ脱ぎなさいよね! こんなところ御殿センパイに見られたら…………ん?」

 想夜と狐姫が振り向いた。2人の視線の先、誰かが腕組みをしながら入り口付近にもたれかかっている。

「なにしてんの? 2人とも……」
 叶子の冷たい視線が突き刺さる。その後ろから御殿が覗き込んでいた。

「ぎゃー! 叶ちゃん! それに御殿センパイまで!」
 こめかみに手をそえる御殿が、やれやれといった感じで呟く。
「時間になっても来ないから迎えに来たの。はやく帰りましょ?」

 何事もなかったかのように御殿と叶子が準備室から出てゆく。

 ミノムシよろしく想夜と狐姫がポカンと口を開けながら呆けている。
「出ていっちゃったね、狐姫ちゃん……」
「ああ……せめて、これ解いて欲しかったんだけど……」
 縛られた状態で残されたミイラ2人。 ……今日も歪みないですねっ。


水角の散歩


 好奇心旺盛。水角が瞳を輝かせながら歩いている。
 はじめての街。初めての道。目に映るもの全てが新鮮に見える、心弾む時間――。

 街の探索にバイクは使わない。その足で歩き、街並みを四肢に、五感に、焼き付けておきたかったのだ。

 ちょうど角を曲がった頃に事件はおこった。
 水角の小さな背中に男2人が近づいてくる。
「あ~、ちょっと君――」
「ひっ!?」
 慌てた水角は足をからませ、その場で尻餅をついてしまう。
 そこへ男の影が覆いかぶさってきた。
「あ、ああ……」
 水角は涙を浮かべながら男の影を見上げ、ビクビクと肩を震わせ怯えていた。


 下校時刻――。

 いつもの時間どおり、想夜たちが愛妃家の門を抜ける。御殿、狐姫、叶子も一緒だ。

「――もう、狐姫ちゃんがリボン引っ張るから股がヒリヒリするよ……」
「俺だってヒリヒリするぜ。オマケに思いっきり天井に叩きつけやがって……」

 熾烈な体育準備室での熾烈な死闘をくぐり抜け、想夜と狐姫はここにいる。若干、体のあちこちがヒリヒリしている模様。

「で、今日は聖色サンドを獲得できたの? 食事中、科学実験の爆発に巻き込まれたような姿だったけど……」
 と、叶子が聞いてくる。

 食堂でのパンの争奪戦。想夜はいつのもように他の生徒に弾き飛ばされ壁にめり込んでいた。結局、手に入れたのは余りもののパンだけ。

「甘いパンも好きだけど聖色サンドが食べたかったなあ……」
 想夜が物欲しそうな目で空を見つめている。
「本当に食べたいものを食べないと魂が泣くぜ?」
「魂の前に涙腺が壊れそうだったよ」
 壁は破壊されてたがな。
「涙腺どころか全身の骨が砕けてた感じだったわよ?」

 叶子が心配するのも無理はない。なにせ壁にクレーターまで作ったんだから。

「妖精界の万能薬の出番ね?」
 と、御殿も想夜の安否を気づかってくれる。
「ツバつけときゃ治んじゃね?」
「もうっ、狐姫ちゃんっ」
 狐姫がからかってくる手前、想夜はイースト菌発酵のように、ぷう~っと頬を膨らませた。
 実のところ、教室で一緒に昼食をとっていた御殿と叶子は、ちゃっかり聖色サンドをゲットしていた。早めに授業が終わったので2人して売店に向かったところ、あっさりと買えてしまったってわけ。
 叶子がいたずらっぽい口調で御殿に耳打ちする。
(御殿先輩? 初めての聖色サンド、お味はいかがだったかしら?)
(想夜が気の毒だから内緒にしておきましょう?)
 と、苦笑する御殿。
(それもそうね。壁にめり込んでも買えなかったんだから……トホホよね)

 叶子には心に引っかかることがあった――聖色サンドを口にした時の御殿の表情。まるで放心状態、ボ~ッとパンを見つめたまま固まってしまったのだ。それを思い出す度、その心の隙間に目を向けたくなるのだ。御殿のただ事ではない眼差しが、叶子の心をつかんで離さないのだ。

(御殿。あの時、あなたは何を思っていたの?)
 叶子は御殿の背中を見ながら寂しそうな表情を作った。
 
 一同が談笑しながら校門を出ると、目の前に見知った顔が見えた。
「あれ? ……水角クンだ」
 想夜が水角を指差した。
 お巡りさんに囲まれ、困った顔であたりをキョロキョロ見ている。どうやら助けを求めているらしい。
「またまた獲物がいたぜ。今日は俺サマ大勝利じゃん? どれ、水角に膝カックンでもしてくるか」
「もう、狐姫ちゃんたら」
 想夜が呆れた感じで狐姫に横目を送る。
「あれ警察でしょ? 厄介事のようね。姉の出番じゃないの?」
 チラッ。叶子がイタズラっぽい目配せを真横の御殿に送った瞬間、

 ヒュン!
 瞬間移動のごとく、御殿が風を切っていなくなる。
 叶子が促すよりもずっと早く、それはそれはものすごいスピードで狭い路地を駆け抜けた。
 全員のスカートが御殿の作った強風でめくれ、それを両手で押さえつけながら各々が悲鳴を上げる。
「わわわっ」
「ふざけんなよな! 静かに走れ乳オバケ!」

 JC2人の動物パンツすら気にも留めず、御殿はひったくるように水角をたぐりよせた。そして一言――

「わたしはこの子の超保護者です」
 ドヤッ。電光石火の心意気。
「超ってつけたぜ? なんだよ超保護者って?」
 狐姫たちがポカンと口を開いている。

 お巡りさん、超不信感を抱いている。

「超保護者? ……その子、学校は?」
「創立記念日です」
 御殿が代わりに答える。
「どこの学校?」
「個人情報の漏洩につながるのでお答えできません」
 御殿が代わりに答える。
「いやあ、そうは言ってもねえ――」
 今度はおまわりさんが困った顔。

 散歩中の水角はキョロキョロと民家を見ていた。住宅を物色していると不審者として真っ先にマークされる。公安はそういうものだ。が、水角にはそんな常識すら分かっていない。

「職務執行中なら先に名乗ったらどうですか?」
 御殿の目が鋭く尖る。めっちゃ公安とヤル気だ。カラスから子供を守る親猫みたく牙をむき出している……ような、いないような。
 無論、ヤルからには徹底的にヤル気でいる。
 まずは警察手帳を提示させるところからはじめようじゃないか。警察は身元を問われたら、それを証明しなければならない。
 職務執行中は以下の通り。

 ※警察手帳規則(国家公安委員会規則)
 提示義務(5条)
 警察官であることを示す必要があるときは、証票・記章を提示(呈示)しなければならない。

 ――とはいえ、警察もそこまでかまっている時間はない。とっとと帰って休憩したい。

 職務質問など素直に済ませればあっさり終わる。当然そのほうが問題が早く解決する。が、御殿の立場上、素直に応じることなどない。アングラ住人はなにかと公安と睨みあう側にある。一歩譲れば相手は百歩踏み込んでくる。ニューナンブにはロケットランチャーで応戦だ!

 御殿はこれでも食らえというくらいの眼光を見せる。
 それを前にした警官も顔をしかめながらたじろぐ。
「ま、まあ、超保護者がいるなら……」
「だから何だよ、超保護者って」
 狐姫がジト目で突っ込む。

 愛妃家の制服は信用に価するものだ。愛妃家は金持ちの家が多い。敵に回すと警察だって厄介なことになる。誰だって面倒はゴメンだ。
 諦めた警察官はしぶしぶと去っていった。

 水角が警察の背中を見ながら姉に問う。
「……お姉ちゃん、あの人達は?」
「歩く地雷よ。税金と職務怠慢いう電池で動いているの。気をつけなさい」
「う、うん」

 乱れた服を直してくれる姉の笑顔は殺気に満ちており、水角は静かに頷くことしかできないでいる。

「公安には容赦ないな」
 狐姫、呆れ顔。
「御殿、ムキになりすぎよ。大人気ないわね」
 叶子も横目で呆れ顔&ため息。
「いいの。このくらい強気じゃなきゃ戦えない」

 ガルルルル……公安に牙を立てた狂犬のオーラが周囲に伝わる。

「おまえは誰と戦っているんだ?」
 狐姫がやれやれと掌を見せる。
 御殿は無言のまま、親に怒られてうつむく子供のよう、ふて腐れ、顔を真っ赤にしている。弟は宝物、誰にも取られたくない。
「ふう。弟べったり、ね」
 やれやれ。叶子も肩をすくめた。

 何事もなければいいのだけれど――などという叶子の期待は、もちろん綺麗さっぱり消し飛びます。
 今回もそんなお話。はじまりはじまり~(拍手希望)。


水角と弁当屋


 御殿の隣を水角が並んで歩く。

 姉と帰るのがよほど嬉しいのだろう、瞳を輝かせながら聞いてくる。
「みんな、もう授業は終わったの? 楽しかった?」
「ああ、今日も平和だったぜ……売店と体育倉庫での戦闘意外はな」
「あら、いいことじゃない」
 やつれ顔の狐姫の横で叶子が呑気に微笑む。

 愛妃家は静かなものだ。シュベスタの事件依頼、目立ったことはない。日々の争いと言えば、聖色サンド争奪戦で想夜が30メートルほど吹き飛ばされて壁にメリ込んだだけ。ゲット失敗、ルーザードッグに終わった。そのていど。
 学園は実に平和そのもの、警備の必要性もないほどだ。御殿と狐姫も愛妃家からお役御免かな。

「警備の仕事がなくなれば愛妃家にも用はなくなるぜ?」
「……そうね」
 そろそろ学園内の護衛任務も終わりだろうか。任務意外はオプションのようなものだから、いつかは愛妃家を去る日がくる。それは聖色市を去ることを意味する。

 もちろん問題は残っている。
 意識不明事件が解決し、シュベスタの崩壊。八卦プロジェクトの継続を知り、酔酔会の存在が明るみに出た。
 掘れば掘るほど、遺跡がその姿を現すかのよう。

 シュリーマンはトロイアの遺跡発掘までに職を点々とし、勉学に励み、40年の歳月をかけて夢をかなえた。正確には遺跡まで一歩及ばずだったが、発掘場所を割り出した功績は高い。
 今回の事件、シュリーマンなら最後まで諦めないだろう。どこまでも掘り下げ、やがては答えにたどり着く。
 想夜や御殿もやがて答えにたどり着く日がくるのだろうか?

 その答えは未来にある。

 御殿が水角の頭を撫でながら話しかける。
「水角はどこにいってたの? ちゃんとお昼ゴハン食べた?」
「うん、食べたよ! おいしいお弁当屋さん見つけたんだあっ」
 忙しなく聞いてくる姉に笑顔で答える弟。
「あとでお姉ちゃんにも教えるね」
「ふふ、ありがとう水角」
 ぎゅ……。
 ふくよかな胸に弟を埋める姉。結局、弟を抱きしめたいための会話の流れでした。
「……」
 姉のマシュマロに包まれた水角、すでに諦めモードである。
 

セイレーン


 御殿は宗盛に学園警備の報告をするため、想夜、狐姫、水角を連れて愛宮邸を訪れていた。
 報告を済ませた御殿たちが応接室を出ると、メイド服姿の華生から声がかかる。
「皆さま、ちょっとお見せしたいものがあるのですが――」


 別室に案内された御殿たちが巨大モニターの前に顔をそろえている。
「なんだ? 俺たちに見せたいものって?」
「急にお引止めして申し訳ございません。皆さまは妖精界の歌姫をご存知でしょうか?」
「妖精界の歌姫? へえ、どんな歌声なのかしら? 聞いてみたいものね」
 リモコンを手にした華生に叶子が答えた。
 その隣で狐姫が首を傾げている。
「誰だ? 歌姫って?」

 セイレーンは美声の持ち主。妖精界ではちょっと名の知れた存在だ。

 想夜が鼻息荒くしながら力説する。
「セイレーンの歌姫だよ。あたし、よくFMで聞いてるんだ。狐姫ちゃんにも聞かせてあげる、はい!」

 ズボッ。想夜はケモ耳にイヤホンをぶっさし、端末の曲を流した。

「おおー、いい声してんじゃん! 透き通る声っての? FMラジオ? へー、妖精界にもあるのか。FM」
 狐姫が頷く横で、想夜があっさりと答えてきた。
「うんうん、あるよ。『フェアリーミュージックラジオ』。妖精界のラジオ番組。略してFM」
「あ、そういう意味ね。紛らわし」
 狐姫、納得。
「だけど最近、姿を見せてくれないんだよね」
 想夜がションボリする。

 この間までは大勢の妖精の心を和ませてくれた歌姫。ところが最近になって様子がおかしい。人前で唄うことを避けるようになり、やがて姿すら見せなくなっていた。
 いったい何が起こったんだろう? ――どよめく妖精界の住人たち。けれども、真相は知れず、歌姫の声を「今か今か」と待ち続けていた。

「セイレーンの唄は死者を伴う効果もあるんですよ。この上ない癒しを与えてくれるんです。この世界に縛られた死者の魂を解放してくれるんです」
「いい声してる上に、鎮静効果もあるとか、どんだけ万能なんだよ。俺なんて御殿の鼻歌だけでキモくてゲロ吐きそうだぜ? それも毎日毎日……」
 とくに料理中はうるさい。
 とたんに御殿が反発してくる。
「狐姫だってゲームしながら歌っているでしょう?」
「なんだと? 狐姫リサイタルにクレーム入れるってか? 御殿のクセに生意気だ!」
 狐姫が御殿のケツを蹴り上げた。
「まあまあ、落ち着いて」
 見かねた水角が狐姫をなだめ、華生に問う。
「華生さん、その歌姫がどうかしたんですか?」
「はい――」

 その問いかけに華生は頷き、リモコンのスイッチを入れた。

「歌姫なのですが、どうやら声帯を奪われているようなのです。こちらをご覧ください――」
 モニターに映し出された企業特集を見た御殿が目を開いた。
「ミネルヴァ重工特集!?」

 司会とゲストの婦人がソファに腰を下ろして雑談している。糸のように細い目、長い髪をアップにまとめ上げ、肩を大きく露出した白いドレス。年齢は40代とのことだが、10歳は若く見える。一世を風靡した羽毛羽根扇子をヒラリヒラリと振りながら、口を隠すクセがある。

 その姿を見た想夜がさらにモニターに釘付けになった。
「この人……歌姫の声にそっくり!」
「あ、ほんとだ。さっき聞いた歌声じゃん。この人が唄ってるのん?」
「全然違うよっ。でも、声がソックリだよ!」

 そっくり――いや、瓜二つだ。想夜が指摘した女性が小鳥がハミングするように声を奏でながら、小難しい専門用語を連発している。その振る舞い、流暢な言葉づかい、挑戦的な態度から察するに、手招きしているように感じるのは果たして気のせいだろうか。

「この婦人、いったい何者なの?」
 御殿の問いに答えたのは番組司会者だった。

『本日はミネルヴァ重工の相談役、バロア・フォンティーヌさんにお越しいただきました。ありがとうございました――』

「バロア……フォンティーヌ!?」
 一同の背筋に寒気が走った。
「コイツが……酔酔会、ババロア・フォンティーヌ」

 モニターの向こうに地獄の妖精がいる。

 何故?

 どうして出てきた?

 公衆の面前に、どうしてわざわざ出てくる?

 酔酔会のメンバーであるババロア・フォンティーヌ。闇の住人が簡単に姿を現す状況は一つしかなかった。

「ロナルドさんの会心の一撃が効いたのかもね。アングラがこれだけ騒いでいるんですもの。ミネルヴァにも違法事業といった良からぬ噂が付きまとうようになっている。ババロアはもはや崖っぷちに立たされているようなもの、でしょ?」
 叶子が御殿に目配せ。MAMIYAに勝機がある笑みを作った。

 ロナルドはビジネス界から干される覚悟で酔酔会を引きずり出した。地球せかいに想いを馳せた男の生き様がそこにある。

 ババロアにはどうしても潰しておかなければならない危険因子が存在する。
 それは八卦か?
 ロナルドか?
 MAMIYAか?

「なんにせよ、ターゲットが向こうからお出ましね。とはいえ――」
 どうやってババロアと接触すればいい? 相手はミネルヴァ重工の相談役という地位を築いている。大企業を操り人形のように裏で操作している人物だ。簡単には近づけないだろう。
 ともなれば、相手の出方を待つか? 否、そんな悠長にはかまえていられない。

 ではどうする?

 答えは明白。伊集院の言っていたことを実践すればいいだけのこと。

「こちらから打って出ましょう」
「どうするよ?」
 狐姫が横目で御殿を促す。
「そうね……」

 御殿が顎に手を添え、少し考える素振りを見せた。その後すぐ、端末着信があった。

「ちょっとゴメン」
 御殿が端末に出る。
「――はい、咲羅真です」
『もしもし、御殿さん?』

 電話の相手は彩乃だった。相変わらずぎこちない。この時間はMAMIYA研究所にいるはずだ。

「はい……はい……え? これからですか? わかりました――」
 御殿は話終えると電話を切って方向転換。
「ちょっと水無月先生のところに行ってくる」
「MAMIYA研究所?」
 叶子の問いに御殿が首を横に振った。
「ううん。食事会。そこにミネルヴァの役員が出席するみたい」
「ミネルヴァが?」

 一同が顔を見合わせた。

「す、酔酔会の罠じゃないんですか?」
 不安な表情を作る想夜。
 御殿はその頭をなでると、優しく諭した。
「まだ分らないけど……近いうちに想夜の協力が必要になるかも。期待しているわ」

 フェアリーフォースから遠のいたとはいえ、想夜は妖精。御殿の知らないことをたくさん知っている頼もしい味方だ。

「ひとりで大丈夫か? 俺たちも行こうか?」
 狐姫が鋭い視線を御殿に向けてくる。警戒心まる出しといったろころか。
「そうしてもらいたいけど、戦争をしに行くわけではないから狐姫はお留守番。学者が集まる食事会だし、主催者は水無月先生とわたしのみを指名してきた。こちらが動く前に向こうからやってくるのだから、ババロアもかなり焦っているみたいね。場所はレストランだから大げさなことにはならないと思う。おそらくこちらの出方を伺うつもりなのでしょう」
「なに!? レストランだと!? やっぱ俺も一緒に――」
 ぴこりんっ。狐姫のケモ耳がいきり立つ。
「狐姫ちゃん」
 ダメ――想夜が狐姫の腕をつかんで離さない。
「そうは言っても、狐姫のグルメの続編を楽しみにしている物好きな奴らがいてだな……いやいや、焦るんじゃない。俺はただ腹が減っているだけだ」
 ブツブツ言っている狐姫を残し、御殿はひとり、その場を後にした。