1 フェアリーフォース


 西暦2034年――。
 聖色せいろん市にて原因不明の意識不明事件が発生した。

 咲羅真御殿さくらま ことのとその相方である焔衣狐姫ほむらい こひめは事件の調査中、学園警備の追加依頼を受けることになる。

 愛宮まみやグループの令嬢――愛宮叶子まみや かなこと生徒たちの護衛を依頼した宗盛は、御殿と狐姫をMAMIYAグループが運営する愛妃家まなびや女学園に生徒として潜入させた。

 いっぽう、要請実行委員会という妙チクリンな同好会に所属する少女――雪車町想夜そりまち そうや
 想夜は妖精界からやってきたエーテルバランサー。
 エーテルバランサーとは妖精界と人間界を制御しているエーテルのバランスを均等に保つために使わされた政府おかかえの戦士である。

 戦いの最中、想夜が妖精であることを知った御殿は、妖精の持つ異能『ハイヤースペック』の存在を知り、それを扱う人間・ハイヤースペクターに近づいてゆく。
 調査をすすめていくうち、愛宮邸のメイド・九条華生くじょう けいきが妖精界からの逃亡者であることを突き止めた。
 その後、叶子が華生の異能を用いたハイヤースペクターであるという真相にたどりつく。

 華生は妖精界から特定秘密保護データを持ち出したがため、特殊部隊であるフェアリーフォースに追われていた。
 特定秘密保護データの中身――それは、かつて妖精界を火の海に変えた最狂のゴブリン、である妖精兵器ディルファーのデータ。ディルファーのハイヤースペックを数値化したものだ。フェアリーフォースは是が非でも手に入れたがっていた。

 人間界に逃げ込んできた華生を愛宮の人たちは暖かく迎え入れてくれた。

 けれども妖精界、人間界、魔界が華生の居場所を消してゆく。

 居場所なき現実に叶子は絶望を抱く。そんな叶子を見かねた華生も、ひとり胸を痛める日々を送っていた。
 正体不明の人物、『あの人』に振り回されながら、叶子は本来の立場を見失ってゆく。

 残された選択肢はいくつもあったはず。なのに、叶子が選んだ道は、『世界を敵にまわす』という安易で、幼稚で、誰よりも素直なものだった。

 想夜たちは叶子の暴走を止めるべく戦いを挑む。

 その後、想夜は叶子と華生を味方につけ、もう一度、自分の正義のあり方を考え直してみようと思った。

 こうして、想夜たちのハイヤースペックをめぐる戦いは幕をあけた――。


奇襲


 ――4月中旬。

 今日はいつもより暖かい。
 肌寒い日々が続いていたが、太陽の温もりに恵まれた日――青く広がる空のもと、想夜たちは屋上の片隅にシートを広げて陣取っていた。
 みんなでランチ。洒落込んでいるが、いつもの楽しい時間とは少し違った。

 愛宮のご令嬢、叶子の視線が想夜に向けられた。
「――研究所に忍び込んだの? 私たちの戦闘よりも先に?」
「あうっ。ごめんなさい、ちょっと気になることがあって」
 指摘された想夜がビクリと肩を震わせた。

 想夜は、夜の研究所内で正体不明の何者かに襲撃された事実を打ち明けた。
 MAMIYA研究所で叶子と一戦交えるよりも早く、調査に赴いたことに罪の意識を感じている。

 その際、想夜は正体不明の敵に奇襲をうけてしまう。そのさなか、相手の腹に蹴りを見舞ってやった。かなり強烈な蹴りだったので腹部を見ればアザの痕跡くらいは残っているはずだ。

 想夜は隣に座る御殿を横目で見ながら弁当箱に手を伸ばす。
「そういえば叶ちゃんと戦う前に、研究員さんが水無月先生のことを話していましたよね?」
「たしかお腹をさすっていたとか言ってたけれど……まさか、ね」
 御殿の脳裏に彩乃の姿が浮かぶ――想夜を襲った人物は彩乃なのだろうか? 少なくとも想夜を襲った容疑者の1人であることには違いない。もっとも、MAMIYAの人間は全員容疑者だが。と、そんなことを考えている。

 弁当をつつきながら、なにかを思い出したかのように叶子が口を開いた。
「あ、そうだ。みんなに伝えておきたいことなんだけど」
 皆いっせいに叶子のほうを向く。
「あさっての夜、愛宮邸でパーティがあるのよね」
「パーティー? 金持ちはメンドクセーことするんだな。俺、大貧民でよかったぜ。な、御殿!」
 キラーン。狐姫が白い歯を見せて笑う。
「……大は余計だけどね」
 富豪じゃないけれど、大貧民って言うな。エンゲル係数ヤバ目だが、いちおう家計はしっかり支えているつもりだ。と言ってやりたい御殿さん。
「またまた~」
 狐姫が御殿の背中をバンバン叩く。それに合わせ、御殿の体がリズミカルに前後する。
「つまんねー意地張るなよ御殿ぉ~。俺たちは家で大人しくキングボンビーごっこでもしてようぜっ」
 一体どんな遊びなんだ。きっと一瞬で破産しそうな遊びに違いない。
 ハハハと笑う狐姫だったが、叶子の一言が一瞬で笑顔を奪う。
「あら、エクソシストは出席するに決まってるでしょう、護衛任務は続いているんだし」

 ガーーーーン!

 狐姫の顔面に縦線が入り、フォークからおかずが落ちた。
「マ、マジかよ」
 ガクン。男に捨てられた女よろしく、両手をついて頭をうな垂れた。暗いステージの中、狐姫のところだけスポットライトが照らされている。あげく、ゲームやりたいだのテレビ見たいだのと1人ブツブツ言いはじめ、傍から見ると相当キモイ。

「想夜もいらっしゃい。ドレス貸してあげるから」
「いいの? 叶ちゃん」
「ええ。護衛役がいいなら、そっちの仕事をまわしてあげるけど? なんならメイドのバイトでも――」
「パーティー! パーティーがいいです!」
 想夜は両手の拳を作って瞳を輝かせた。行きたい! パーティー行きたい! 気分はすっかりシンデレラ。カボチャの馬車なんか無くてもいい。寮長のボロいママチャリで充分だ!
 それにメイドのバイトって時給720円だった気がする。富豪なパーティー、皿一枚でも割ろうもんならサイフが雄たけびあげることになる。むしろ借金を背負わされることにもなりかねない。とてもじゃないが割りに合わん。

 ゲシッ。

 はしゃぐ想夜のケツに一発、狐姫がかるく蹴りを入れた。
「おまえバランサーだろ? 血ぃ吐くまでしっかり護衛しろよ」
「えーやだよー。あたしだって美味しいもの食べたいもん」
 たいして痛くはないケリだが、お尻を両手で防御する。これ以上は蹴らせない。
「俺だって食いてーよ」
「護衛しながら食べればいいじゃん」
「んな器用なマネできっかよ」
「大丈夫、狐姫ちゃんなら出来るよ!」
 狐姫が眉を八の字に曲げて哀しそうにする。
「想夜……おまえの言葉って後からジワジワくるよな。なんつーの? マウンティングってやつ? 言葉のボディーブローっていうか――」
「やだなぁ狐姫ちゃん、ほめても何も出ないよ♪」
 笑顔の想夜が呑気におかずを口に運ぶ。
「……俺は涙が出てきたよ」
 ほろり。もうヤダこの人――狐姫はいつもよりしょっぱい弁当をつついた。

 そんなやり取りを見ながら御殿は思いを巡らせる。
(MAMIYAに敵が侵入しているのは確か。護衛は必須ね。場合によっては想夜の協力も必要になるかも……)
 ちらり。無邪気に笑っている想夜に目をやると、もぞもぞとポケットをまさぐっている。

 想夜がポケットから鍵を取り出した。叶子のロッカーの鍵。
「叶ちゃん、実は――」
 想夜は叶子に鍵を手渡すと、謝罪を含めて包み隠さずに先日の一件を話した。

 叶子の気持ち――閉ざされた壁の向こうを知るためには、日記に目を通しておく必要があった。友のため、一刻を争う事態のなかで躊躇などしていられなかった。たとえ咎められようとも、背水の陣に立たされた友達に歩み寄るためにはそうせざる終えなかった。

 華生との想い出がつまった日記。
 想夜たちへの想いがつまった日記。
 ひとり思いつめる叶子の心境が描かれた日記。
 それを読むことで、想夜は叶子の心に近づくことができた。

「――そう、日記を読んでくれたのね」
 叶子はキーを受け取ると、諦めた顔で慎ましやかに息を吐いた。重圧から解放された時の呼吸を奏で、紅茶の注がれたカップを見つめては照れくさそうに微笑む。
「ごめんね、叶ちゃん。それが一番はやい解決法だったから」
「いいのよ別に。想夜たちにも知ってもらいたい事だったから。私にとって華生は、大切な人だということをね――」
 そう言って御殿と狐姫にも目をやった。

 想夜には気になることがあった。それは叶子の日記に書かれていた『研究所のあの人』のことである。

 単刀直入。想夜は叶子に聞いてみた。
「ああ、『あの人』のことね。それは――」
 弁当と格闘中の狐姫がフォークをおかずにブッ刺す。
(あ~ん……ん?)
 フォークを口に運ぼうとした手元がピタリと止まった。なにかの異変に気づいたのだ――遥か後方から強烈な風圧を感じる。
 瞬間、狐姫は持っていたフォークと弁当を放り出して叶子に飛び掛った。

「あぶない叶子! 伏せろ!!」

 ドッ!!

 鈍い音のあと弁当が散乱し、突っ込んできたダンプにはねられたように狐姫と叶子の体が吹き飛んだ。

「狐姫!」
「叶ちゃん!」
 想夜と御殿が瞬時に立ち上がる。
「う、ぐ……」
 狐姫は背中に一発、攻撃を喰らった。這いつくばっては痛みをこらえている。
 フェンスに打ち付けられた叶子は、そのままグッタリと横になっていてピクリとも動かない。
「叶ちゃん……!? 叶ちゃん……!?」
 想夜が叶子の体に手を置いて連呼するが、本人には聞こえてないようだ。
 どうすればいいのか分からず、想夜は叶子の体を揺すろうとした。
「頭を動かさないでっ」
 想夜を制止した御殿が周囲を見渡す。
「……狙撃!? 一体どこから!?」
 叶子を囲むように一同が守りを固めた。
 身を起こした狐姫が周囲を睨みつけて大声を上げた。
「痛ってーなコノ野郎! どこから撃って来やがった!?」
 遠距離から飛んできたのは分かっている。空気の塊、その衝撃波のようなもので狙撃されたのだ。

 ――ターゲットは明らかに叶子だった。

 御殿が叶子の脈や体の状態を調べている。
 脈拍正常、どこかを骨折している感じもない。
 とはいえ、狐姫がひと足早く動かなければ危険な状態になっていただろう。
「外傷はないようだけど、体を打ちつけた時のショックで一時的に気を失ってるみたいね。脳震盪かも。すぐ保健室に運びましょう。狐姫は大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ! 弁当こぼしちまったじゃねーか!」
 おろろーん。思わず涙目。
「狐姫ちゃん、そっち?」
 内心ホッとする想夜。やれやれ、と苦笑する御殿。
「お弁当はまた作ってあげるから。背中は大丈夫なの? 撃たれたみたいだけど」
「ああ、鋭い空気の塊で背中を打たれた感じだけど……ま、大丈夫じゃね? ちょっとチクチクする程度だ」
 狐姫は体を見回して異常がないことを確認した。小さいけれど頑丈なのがウリ。
 御殿は遠くを睨んでつぶやいた。
「なるほど。これ以上首を突っ込むな、という警告か。常に監視しているという事ね……覚えておくわ」
 風に吹かれながら、冷たい口調で言葉を吐いた。


 ベッドの上で眠る叶子のそばにつきっきりの想夜――かける言葉も見つからないらしく、だたただベソをかいている。

 仕切られたカーテンの向こうでは、御殿、それと御殿から連絡を受けた宗盛が会話していた。
「申し訳ございません。もう少し気づくのが早ければ攻撃を避けられたのですが……わたくしのミスです」
「いえ、身を挺してお嬢様を庇っていただいたそうですね。頼りにしております。それより、焔衣様はご無事でしょうか?」
「はい、背中を強打しているようですが、本人は大丈夫と言っております」
「左様でございますか」
 宗盛は胸を撫で下ろした。
「叶ちゃんは愛宮邸に帰るんですか?」
 と、カーテンの向こうから顔を覗かせる想夜、目を真っ赤にして宗盛に問う。
「はい。念のため、これからMAMIYAの病院で精密検査をします。連絡は追って報告いたします故――」
 宗盛は余計な混乱を招かぬよう冷静を装っているが、内心不安である。

 愛宮の人間が叶子をストレッチャーに寝かせて運び出す。他の者もそれに続いて保健室を後にする。


「叶ちゃん……」
 想夜は物欲しそうに、小声でポツリと呟いた。その後、叶子をのせた車をただ黙って見送っていた。

 視界から消えた車の行く先を見ていた想夜だったが、いつまでもしみったれた顔をしている場合じゃない。振り返ると御殿と狐姫に告げた。
「御殿センパイ、狐姫ちゃん。実は先に話しておきたいことがあって……」
「どうしたの? らしくないわね、改まって」
「拾い食いでもしたんじゃね?」
 ははは、と八重歯を見せて笑う狐姫。先ほどから背中のあたりを忙しなくさすっている。

 想夜は狐姫の背中が気になっていた――吹き飛ばされた威力から推測するに、受けたダメージは大きいはず。狐姫は明らかに無理をしているのだと察する。

 想夜はさらに想いを馳せる――御殿センパイはそのことに気づいているのかな。狐姫ちゃんが強いからって、過信しすぎじゃないの? と。
 過信は一歩間違えると味方を潰してしまうことにもなりかねない。味方の力量を把握しておくことも重要な戦略立てである。

 想夜は心配事を隠し、その場を取り繕った。
「やだなあ狐姫ちゃん、拾い食いなんてしないよう」
 力ない笑みのまま、話を戻して本題に入る。
「実はあたし、いちど妖精界に戻ろうと思うんです」
「「――え?」」
 驚く御殿と狐姫。互いの顔を見たあと、想夜に視線を戻す。
「どういうこと?」
「マジで拾い食いでもしたのか!?」
 「狐姫」と、御殿が静かに躾ける。
 それでも想夜は、作ったようなぎこちない笑みを作った。
「あたしの所属している機関については説明しましたよね?」
「フェアリーフォースっていう部隊のこと? 呼び出しでも受けたの?」
 叶子と華生の件で何かあったのだろうか? 御殿が勘ぐるも、返ってきた答えは少し的外れだった。
「いえ。ちょっと調べておきたいことがありまして……」

 想夜が思うのは2つのこと――叶子の祖父、鈴道のこと。もう1つは『魔界は妖精界と手を組んだ――』という言葉の真相。それが気になっていた。

 想夜はその旨を御殿と狐姫に伝えた。
 話を聞いた御殿は、うつむいて考え込んだ。
「たしかに、政府には聞きたいことが山ほどありそうだけど」
「え~、ひとりで大丈夫かぁ?」
 頭の後ろで手を組みながら、狐姫がニヤついて横目視線で突っついてくる。
 こんな時でも緊張感がなさそうに見える狐姫だけれど、「一緒に来てほしい」と言えば、「ちっ。しょーがねーなー」と不満無く着いてきてくれるだろう。情に脆い娘だということを想夜は先日の戦いから学んでいる。
「今回はひとりで大丈夫だよ。ちょっと顔を出すようなもんだから。それじゃ、行ってきます!」
 ビシッと手を額に当てて敬礼する想夜。後ろ歩きで数歩遠ざかり、クルリと振り返って寮へと戻ってゆく。
 本当は心細い。けれど気丈に振舞った。別に戦争を仕掛けるわけではない。ちょっと里帰りするだけのこと。
「想夜……」
 無理して作る笑顔を見せられても嬉しくはない。御殿は想夜が置いていった笑みの真相が気になり、その表情が頭から離れなかった。
 

フェアリーフォース


 想夜はひと気のいない森にいた。

 荷物は最小限にとどめておいた。いつものリュックに弁当と少しのお菓子を詰め込むていど。

 お弁当は御殿と狐姫の合作――コンビニ弁当で済ませるつもりだった想夜に、「栄養が偏るから」と早起きして作ってくれた。
 中身は一体どんなお弁当だろう? 開けるのが楽しみだ。

 実家には顔を出さないつもりでいる。フェアリーフォースで聞くことだけ聞いて人間界に帰る。夜には寮へ帰宅する予定。ちょっとしたピクニックだと思えばいい。

 この森は想夜がいつも素振りをしている場所。誰にも見つからない秘密の場所。汗まみれで手にマメを作った分だけ、想夜はワイズナーを使いこなせるのだと信じている。この場所での努力は想夜の期待を裏切らない。

 深い森を抜け、泉のある一角へ踏み込む。
 そこに広がる光の輪――それがフェアリーリング。妖精界と人間界をつなぐ道。いつでも出現しているわけではなく、許可を得たもののみが入ることができる。想夜は前もって妖精界と連絡をとっていたため、時間通りの通行が可能となっていた。

 時間は正午をまわっている。
「2年ぶりかな。こっちに来たときも、こんな感じだったっけ――」
 初々しかった頃の思い出を辿りつつ、想夜はフェアリーリングに足を踏み入れ、光の中へと消えていった。


 眩しさのあまり閉じていた瞼を開く――天空に草原が広がる光景。同じ目線に青い空、そこに白い雲がゆっくりと流れている。

 地上から離れた浮遊大陸――元々は神が住んでいたといわれる石造りの神殿があった。神話となった今では栄えた文明すら見る影はなく、傾いた幾本かの太い石柱は無意味に立ち、幾本かは死人のように倒れたまま。それらを覆った草が風に揺れては石柱をくすぐる。「ねえ遊んでよ」と、大人に群がる子供たちのように無邪気に揺れては石柱の頬をくすぐっているのが分かる。なぜなら草を揺らしているのは「遊んでよ」と訴えてくる小さな妖精達なのだから。

 神々が祭られていた社は朽ち果て、その先の崖は崩れて何も無い。そんな寂しい場所。

 想夜が立つ場所、そこが人間界へと通じる道――天空回路。空に浮かび、無数に存在する小さな島の一つだ。
 想夜は妖精界に帰ってきたのだ。

 いちど大きく深呼吸。空気が美味しい。そして――
「ただいま」
 つかの間の笑みを浮かべて歩き出した。


 想夜が生まれる前、妖精界に巨大なビルが建設された。
 地上100階建て、外壁は黒い鏡張り、空高くまで垂直に伸びた建物は途中の階から2本に分かれた作りで、先端に伸びるにつれ中央寄りに尖っている。ちょうどワイズナーの刃の部分を逆立てた形状の建物だ。

 ビルの天辺には正体不明の光の輪が輝いている。あれが何かは誰にもわからない。おそらくは白い雲の塊に太陽光が反射してできたものだろうと言われている。

 2本の柱をつなぐ中央の渡り廊下に設置された紋章は妖精界と人間界の平和の証――エーテルバランサーの誇り。その建物が想夜の所属する機関、フェアリーフォース本部である。

 政府の逆鱗に触れる行為をこれからするのだ。緊張していないと言えばウソになる。けれど、想夜にしかできないこと。今はガマンの子だ。
 想夜は建物を高く見据え、意を決して中へ入っていった。


 中へ入るとすぐ、いくつかのルートに分かれた長いカウンターが列を作り、持ち物検査が施されている。
 想夜の目の前、幾人もの警備員が目を光らせている。警備員とはいえ軍隊に所属している猛者ばかり。おかしな真似でもしようものなら、即つまみ出される。場合によっては命の保障もない。

 カウンターの横を抜けると、自動ゲートが開く。

 通行許可証は肉眼では把握できないよう、術式が施された小さなチップが手首に刻み込まれている。人間界でいう指紋認証システムのようなもの。改札口換算や高速道路のETC換算のような役割りも果たす。エーテルバランサーはそれで行動管理されていた。手首を噛みちぎって術式を破壊でもしなければ、手首のシステムは半永久的に作動する。というより監視され続ける。
 想夜は認証をパスすると、厳重な警備の中を問題なく進んでいった。


 行きかう者は全員妖精。人間の出入りなどあるのだろうか? 想夜はそれを一度も見たことが無い。

 エレベーターエリアには何台ものエレベーターが設置されており、限られたフロアまで上がれるようになっている。出入りできるフロアの階層もバランサー権限に関係しており、レベル1権限である想夜は10階までの入出しか許可されていない。

 端末水晶で送った質問状への返信が、時間経たずして送られてきたのは先日のこと――それを目にしたであろうフェアリーフォースから呼び出し連絡が返ってきたのだ。

 今回出向いたのは、叶子の祖父である愛宮鈴道の死についての質問状の返答を長官から聞くためである――まずそれが1つ目。
 2つ目は昨日御殿と狐姫に言ったように、『魔界との関連』である。

 『魔界は妖精界と手を組んだ――』。

 それが事実なら、揺さぶり甲斐があるというもの。上層部は一体どんな反応を見せるのだろう。
 得体の知れない不安が想夜の足首にねっとりと群がる。これ以上首を突っ込むなという直感だ。

 心細いこともあってか、想夜は信頼している上司の1人に面会を希望していた。彼女ならきっと力になってくれるだろう。

 広いエレベーターの中は、カメラに監視された想夜ひとりだけ。
 シンと静まる空間が、「今はひとりなのだ、誰も助けてくれないのだ」、と再認識させてくれてお節介に思えた。


 10階に到達すると、エレベーターエリアから出る。
 そのまま中央の長い廊下を進んでゆくと、受付カウンター前にメガネ姿の妖精が立っている。

 金髪ワンレンボブショート、スレンダーな体をスーツでキチッ包んでいる。はじめて見る顔だ。小さな教壇に両手をかけて生徒たちを威嚇する女教師といったところか。

 想夜が女の顔色を伺うよう受付に近づいてゆく。
「あ、あの――」
「ご用件をどうぞ」
 想夜の言葉を遮って、ロボットのような冷めた感じで会話を始める。愛想笑いのひとつもせず、いたって事務的な対応。役人に笑顔は入らないといったところか。
(う、なんか苦手な感じだな……)
 とたんに尻込み。職員室に呼び出されて説教受けてる感じがする。冷静な大人相手、13歳の子供が迫力で勝てるわけもない。
 不安になるのは未熟な証拠。いつもは笑顔でカバー。なのに、ここへくると想夜の顔が一気に強張る。

 ここは子供の遊び場ではない。無邪気な笑顔は組織には必要ない。軍人はやることだけやっていればそれでいい――と、巨大な建物に言われている気がした。

「あの……昨日、ご連絡をしました。エーテルバランサー部隊所属、雪車町想夜ですが――」
 受付の女がフレームの隙間から想夜を下から上へ、舐めるように見てくる。そして吐き捨てるように一言――
「ああ、あなたが。話は伺っております。どうぞこちらへ――」
「あ、はい……どうも」
 話は伝わっているようだ。想夜は女の後をヒョコヒョコとヒヨコのようについてゆく。
 フロアの中央に両開きの扉があり、想夜はそこへ通された。

「――中でお待ちください」
「は、はい」
 女の横を通り抜けて中へ入る想夜。メガネのフレームから見えた鋭い目がちょっと怖かった。


 部屋の中は上官の机と椅子、グレーの絨毯以外、何も無い空間が広がっている。まるで会社が入居するまえのテナントのように、何にも無い空間。無機質な空間。
 椅子に座った人物は背を向け、想夜とは反対方向の外に広がる景色を眺めていた。

 上官の机からやや離れた場所、大体部屋の中央あたりだろう、想夜はそこで歩みを止め、遠くの背中に声をかけた。
「ディアナ様、雪車町想夜、帰界しました」
 声まで強張っている。いつもの笑顔はどうした? 緊張してんのか? ほら、頑張れ頑張れ。

 想夜の声が耳に届いたのか、椅子がゆっくり回転し、ある人物が顔を見せた。が――

「久しぶりだな、雪車町――」

 想夜の笑顔は一瞬だけ作られた後、即座に消える。椅子に腰掛けていた人物が目的の人物でないことに驚いたのだ。
「あ、あなたは!?」

 京極 麗蘭きょうごく れいら――想夜の所属する部隊のリーダーを務める妖精。ランクB。若年でありながら、知力、剣術、体術、魔術の使用に長けており、新米バランサー達をまとめる責任者である。周囲の人望も篤く、エリート街道まっしぐらという表現がピッタリと当てはまる。遊び心を知らない栗色の髪は彼女の堅い性格を現している。優雅に伸びた栗色は生え際で2つに別けられ、体を動かすたびにテキパキ揺れる。髪というのはその者の人格を表すものなのだろうか。想夜と同様、あどけなさが残る顔立ちだが、先陣切って指令を出す身分ゆえ、目の角度を釣りあげるクセがある。丈の短いジャケットと動き安いミニ、伸びた素足には紐付きロングブーツを着用している。背負った黒いワイズナーは古いバージョンだが、カスタマイズに長けており、長年使用されてきたことで幾度ものアップデート修正を繰り返し、安定性もある。工夫次第でいくらでも強化できるので、愛好家やマニアにはヨダレ物の仕様である。

 笑ったら可愛いのに――などという周囲の期待はクソだと麗蘭本人は言う。自分のあり方を確立させている強い心の持ち主だ。ある意味、強情でもある。もっと素直になればいいのに、などという周囲の期待もクソだと言う。
 10代ながら腕っぷしのほうは一人前で、後輩の面倒見もよく、多くの部下からの信頼も篤い。

 そんな麗蘭だが、威圧的かつ頭に血が上ると手のつけられないところがあり、その凶暴さゆえか、戦いを好まない想夜にはあまり好感を抱かれていなかった。無論、怒りで頭が沸騰した時の想夜も大概だが。

 かつては想夜も麗蘭に教育された身である。想夜の基礎体術が伴っているのは、麗蘭の訓練を乗り越えてきたたまものだろう。けれど、バランサーとして生き残ったもの以外に対する麗蘭の眼差しは冷たいものだった。弱肉強食、まさに容赦がないのである。

 リーダーとしての実力は伴っている、それは想夜も認めている。
 麗蘭の部下であることにも誇りを持っている。でも、想夜が目指す人物像は実力と思いやりを兼ね備えたバランサー。それこそ1つの軍を右から左に動かすくらいの。

 ――そう、ディアナというエーテルバランサーこそが、まさにそれにあたる妖精だった。

 想夜がバランサーになるキッカケを与えたのもディアナだ。戦う姿、皆に優しさを向ける姿を見るたび、同じ妖精として惹かれていったのだ。

 かつては人間界でバランサーをしていたこともあるディアナ。実戦経験豊富な女戦士。残念なことに今、その人はいない。

(お顔を拝見するだけでも嬉しかったのに……)
 そう思えるくらい、想夜はディアナの背中を追っている。尊敬している。

 少しガッカリした想夜の顔に麗蘭が押し迫る。
「私では不満か?」
 想夜は意気込んだ。
「あたしはディアナ様に合わせて欲しいと連絡したはずです! ディアナ様はどこですか?」

 想夜の訴えむなしく、麗蘭は質問を突っ跳ねた。

「ディアナ様が多忙な方だということはキミもよく知っているだろう。わざわざディアナ様に話を通さなくても済むことだ」
「そんな……横暴すぎです!」

 多忙な人物なので会えないのも無理はない、だってあの方の地位は一国を仕切るお姫様なのだから。
 ダメ元でお願いした通信だったので、ドタキャンも仕方の無いことだ。
 けれど、顔だけでも見せたかった。人間界で頑張っている姿を見て欲しい。
 ――そう願うのは子供のわがままだろうか。想夜の気持ちが沈む。

「ディアナ様が一介のバランサーにお会いになるワケないだろう。ちがうか?」
 麗蘭が想夜の小さい顎を片手でつまんでは頬を強引によせて遊んだ。
 想夜は麗蘭の手を振り払う。その反動でよろけては相手をにらみつけた。

「ふう……」
 麗蘭はため息をついて席につき、感情のないロボットのように想夜を見つめながら言う。
「キミが言っていた、愛宮鈴道についての質問のことだが――」

 想夜は息を呑んだ。どんな答えが返ってくるのかで未来に大きな変化が生じる――それが怖いのだ。誰でも経験するように、もしもの未来が怖いのだ。
 けど、相手の返答は拍子抜けするものだった。

「フェアリーフォースは愛宮鈴道などという人物に接触した覚えはない。そう上層部から通達が来ている」

「――で、ですが部隊の者が手にかけたという情報を得ています」
「ほう、誰が言っていた?」
 麗蘭の目がギロリと光った。その鋭さたるや黒光りする日本刀の矛先のようで、想夜は心臓まで切り裂かれそうな恐怖に襲われる。とたん、身の毛がよだつ。言葉が上手く発せられない。麗蘭の心の奥底に眠る凄みが漂ってくる。
「だ、誰かは知りません。匿名でリークがありました」

 やはり麗蘭に華生の名前を出すのは危険だ、伏せておこう。想夜は口をつぐんだ。

「リークだと?」
 麗蘭はふたたび席を立つと、ツカツカと靴音を立てて想夜に近づいてきた。あまりの足の早さに想夜が身構える。
「リ、リークした人物は知りません、メールで送られてきたん――」
「嘘をつけ! 誰に言われた? 名前を言え!」
 目を見開いて睨みつけ、伸ばした片手でふたたび想夜の頬を摘まんできた。

 グイッとアゴをあげられ、恐怖のあまり想夜の体がビクビク痙攣する。今度は本気みたいだ。次の言葉次第では、そのまま顎を砕かれハラワタを切り取られるような雰囲気を出してくる。

 一刻も早くこの場を逃げ出したい気分に襲われながらも、想夜は相手の手をはらって顔を背けた。
「離してください!」
 獣の爪から逃れた小動物のように、おおげさに距離をとる。よほど怖かったのか、心臓の鼓動が全身を揺さぶってくる。自分の立っている場所だけ地震が起きているかのようだ。

 御殿に手を引かれて走った時とは違う種類のドキドキ。怖いドキドキ。嫌なドキドキ。

 ディアナ隊長と直接やりとりをするべきだったと後悔する。けれど連絡を取り付けるまでには何人もの監視員のチェックが待っている。今回はそのチェックに引っかかったがためにディアナと会うことすら出来なかったらしい。何者かの介入があったのは想像ができる。ただ、その正体までは今の想夜には想像できなかった。

 確信できたことはある。それはフェアリーフォースは愛宮鈴道の事件に触れられたくない、ということ。叶子を庇っての死。むろん人間界での問題は大きかった。妖精界政府はそれをうやむやにしようとしている。
(やはりフェアリーフォースが絡んでいるの……?)

 想夜は崩れた衣服を直し、呼吸を整え、ふたたび麗蘭と向かい合う。

「報告します。MAMIYA研究所に紛れ込んでいた暴魔から興味深い話を聞きました。魔界は妖精界と手を組んだ、と――」
「……」

 このときの麗蘭の寂しげな表情を想夜は忘れない。哀愁漂う横顔で、どんな言い訳を繰り出すのだろう。

「――暴魔のたわごとなんか聞かなくていい」
 思った以上に食いつきがない。想夜もつまらなさそうに目を背けた。
 ふと、妖精界から存在を否定された華生の顔が浮かんでは、その意思をここで形にする。
(もう、なるようになれ!)
 想夜は最後にこう告げた。

「それともう一つ、人間界でのディルファーのデータに関してですが……」

 するとどうだろう、麗蘭が血相をかえて振り向いた。
「人間界でのディルファーのデータ? なぜキミがデータの漏洩を知っている!?」
 同時に想夜の体がピクッと揺れた。
「え? ディルファーのステータスデータを知りたかっただけですよ。ほら、人間界でエンカウントしたらヤバイじゃないですか~、あたし弱いし~」
 想夜は無理に余裕の表情を作っては、麗蘭に怯まずにおどけて見せる。それもすべては目の前の恐怖をやわらげる鎮痛効果を謳ってのものだ。精一杯おバカっぽく語尾を伸ばすのも恐怖から逃れるため。内心、かなりビビッている。

 ポリポリ頭をかく想夜の手前で、麗蘭の視線の行く先が凍りついたようにピタリととまる。「政府に殺されたいのか?」とでも言わんばかりに、後ろから攻撃された者が目をカッと見開く感じ。鬼の形相。想像以上にディルファーのネタには神経をピリピリさせていた。
 想夜はその姿を確認後、口元が微かにゆるんだ。本当にフェアリーフォースがディルファーの件に関係しているかどうかが知りたくて、ちょっとカマをかけてみたのだ。
 答えは一目瞭然だった。女同士の心理戦は想夜に軍配が上がった。

(これ以上、聞くことはない。聞いたところで押し問答だから)

「報告は以上であります!」
 ビシッ。想夜は一礼し、踵を返して部屋を出ていった。


「くっ」
 ドンッ!
 想夜の退室後、麗蘭は机にイラツキを叩きつけた。
「雪車町、何を考えているんだ。危なっかしくて見ていられない。すぐにこちらに連れ戻すべきだ」
 麗蘭が下唇をかみ締めるすぐそば、奥の部屋から声が聞こえてくる。

「まあ、そう事を荒立てるな……いい子だから――」

「メイヴ様……」
 メイヴと呼ばれる女性――はじめは幼い少女のような声だが、しだいにトーンが下がり落ち着いた大人の声に変わっていった。
 不思議な声帯の持ち主。ヒンヤリとしていて背筋が凍るおぞましさもある。

 女王メイヴ――南国に位置する湖南鳩コナハトを治める人物。軍を率いて大陸の統一を成し遂げた者のひとり。その腕をフェアリーフォースにかわれ、幹部まで上り詰めた女戦士。

 カーテンに影が映る。長身に豊満なボディ――彼女がたしなむワインはどんな味なのだろうか。葡萄の味? 蜜の味? それとも……?

 メイヴはゆっくりと口を開いた。
「人間界か……、最近よく顔を出すようになってはいるが。どれ、また行ってみるとするか。これの動作確認も兼ねて、な」
 メイヴは小石ほどの黒い宝石を陽にかかげている。それを胸の中央にそっと飾っては、お気に入りの宝石のようにしばらく見とれていた。

「――京極麗蘭、ぬしも来るか? 人間界に」
「いえ。私の任務は妖精界を守ることです。人間界は他の者に任せます」
 即答。己の任務にあくまで忠実。
「相変わらず堅いヤツじゃ」
「道中、お気をつけて。不在の間はお任せください」
「舞踏会のはじまりだ。ふふふ、楽しみじゃのう――」
 細く引き締まったお腹に手をそえて笑みをこぼす。その声は、聞いている者の鼓膜を凍らせそうなくらいに冷たい。

「雪車町想夜、か。フェアリーフォースに可愛い子リスが迷い込んできたかと思えば、とんだじゃじゃ馬になったものだ。もっとも……人間界に送り込んだ甲斐はあったようだがな」

 メイヴの独り言が気になった麗蘭。
「え? どういう意味です?」
 と眉をひそめ、訝しげな表情を作る。
 それを見たメイヴはつまらなさそうに背を向けた。
「おまえ達は何も知らなくていい。いい子だから……ね?」
「……失礼、しました」
 いい子だから大人しくしてなさい。いい子だから余計な首は突っ込むな。『いい子=奴隷』という公式が麗蘭の頭に浮かぶ。蚊帳かやの外みたく扱われ、疎外感からか正直胸が痛んだ。

 部屋の隅からいくつかの影が顔を出してきた。皆、歳若き少女。
 麗蘭の位置からでは物陰が邪魔をして顔がよく見えないが、聞いたことのない声だ。皆サンタのような赤い帽子を被っている。
(ふん。赤帽子、か)
 麗蘭はつまらなさそうにそっぽを向く。
 フェアリーフォースが集めた暗殺集団。ゾロゾロと団体で面を下げ、先ほどの一部始終を観察していたらしい。

 群れを成す行為も、弱者がとる行為と捉えているので嫌悪感がわく。独りで剣を握ることすらできない臆病者はゴミに等しい――と思う。麗蘭はそういう戦士だ。

「斬り殺しますか? 八つ裂きにしますか?」
 1人の赤帽子がが口を開くと立て続けに別の声が続いてくる。
「バラバラにしたら首がどっかに飛んじゃうよ?」
「形にこだわらないでよ」
「不恰好ならカツラ剥きにすればいいさ。スライサーにかけるように、ね」

(――ふん、エーテルバランサーを何だと思っている? 返り討ちにされるのがオチだ。私の部下はそんなにヤワじゃない)
 麗蘭はつまらなさそうに、ほくそ笑んだ。

 各々が鋭利な爪を研ぎながらメイヴの指示を待つ。
 メイヴはニヤリと笑い、その場にいた全員に指示を出した。
「漏らす程度でかまわない、少し遊んでおあげなさい。シュベスタへの連絡も忘れずに。せっかく故郷に戻って来たのだから、手土産くらいは持たせておいてやろうではないか」
 メイヴは首をもたげて胸元に手を当て、上目で睨みつけるように呟いた。

「それに、真菓龍社の”アレ”が人間の手に渡ると厄介だからの」

 そう言い残し、メイヴはカーテンの向こうに消えた。


 誰も居なくなった部屋。麗蘭はガラス窓の向こうに広がる街の景色を眺めていた。
(妖精界は魔界の因子を取り入れようとしている。フェアリーフォースも地に落ちたものだ――)
 想夜の頬の感触が残った手を、じっと見つめる。
「雪車町、無茶をしなければよいのだが――」

 麗蘭の不安をよそに、今ごろ想夜は霧の向こうへと進んでゆく。


あたしのお弁当


 想夜は肩を落としながらトボトボと歩いていた。必要最小限の荷物を入れたリュックなのに重く感じる。

 やがて先ほどの浮遊小島へたどり着くと、倒れた石柱の隅に腰を下ろす。
「ふう……、あまり大きな収穫はなかったわね」
 けれど、フェアリーフォースが華生の持ち出したデータに関心があることは確かなようだ。それがわかっただけでも、大きな前進である。

「ディルファーに関しては、かなり神経過敏になっていたなあ……」
 人間界で自分のことを待つ人達のことを考えながら、バッグを抱きかかえてはボンヤリと流れる雲を眺めた。
「京極隊長、叶ちゃんのお爺ちゃんのこと、なにか知ってるのかな……」
 力不足さゆえ、いまいち確信まで踏み込むことができなかった。


 と、ほのかに想夜の胃袋を誘惑するにおいが――。
「そういえば、御殿センパイと狐姫ちゃんがお弁当を作ってくれたんだっけ」
 緊迫した状況下にいたため、お腹が鳴っていたことなどすっかり忘れていた。

 想夜はバッグから弁当を取り出すと、包んでいた布を解いた。
 中から現れたのは女の子が好みそうな弁当箱。森と動物がプリントされたプラスチックの容器。御殿と狐姫が選んでくれた想夜専用弁当箱だ。

「うわあ~、可愛い~♪」
 あのコンビはいいセンスをしている――早速フタをあけて中身を拝見。想夜の顔がぱあっと笑顔になった。

 海苔がトッピングしてある似顔絵おにぎりが2つ。どことなく御殿と狐姫の顔に見える。狐姫の顔はよくできているが、御殿の顔はへちゃむくれで目が釣りあがっていて怒こりん坊。狐姫のなかでは御殿は鬼婆なのだろうか?
「きっとお互いの顔を作ったのね」
 明るい色の卵焼き、以前ホールで取り合いになったタコさんウインナー、ブロッコリー、みかん。
 見るものを楽しませる色彩。
 ちょっと遅いひとりランチだったけど、そんな時間でも楽しめそうなお弁当だ。

 想夜が手を合わせてお辞儀。
「いただきます」
 のんびりとした口調のあと、フォーク片手に弁当をつつく。
「えへへ。どれから食べようかな……迷っちゃう」
 迷い箸ならぬ、迷いフォーク。
 あまりにもカワイイお弁当、端末で写真なんか撮ったりして。

 そんな楽しいひとりランチだったが、横入りしてきた声たちによって破られてしまう。

「へえー、これが人間界のお弁当?」

 複数の少女たち――皆、想夜と同じ部隊に所属しているエーテルバランサーだった。

「ちょっと見せてみ」
「あっ!?」
 想夜の横から伸びてきた手により、御殿と狐姫の合作は奪われた。
 想夜から弁当箱を取りあげた髪をざんばらにした少女が、中身をマジマジと見つめる。同じ京極チームの少女だ。
「へえ、人間界の食べ物? ……なんかマズそうだな」
「か、返して」

 ざんばらの取り巻き数人で、想夜を羽交い絞めにする。

 想夜の手前、ざんばらが片方の口角をあげてニヤリと笑う。その後、取り出したおにぎりを想夜の口に無理やり捻りこんだ。
「んぐ!」
「ほら、欲しいんだろ? よく味わって食べろよ」
 想夜は口の周りを汚しながら、アゴを掴まれて無理やり租借させられる。

 その光景を他の者たちが爆笑しながら見ていた。

「あははっ、かわいそ~。食事する場所、間違えたんじゃないの?」
「大人しく便所にでもこもって食べてればよかったものを」
「便所メシ? かわいそー、超うっける~っ」
 失礼な奴ら。それに「かわいそー」なのか「ウケる」のか、どっちかにしてほしい。残念ながらトイレで食事をする趣味はない。食事は大好きな人たちと楽しい空間で食べるとすごく美味しいんだ。そのことを想夜はよく知っている。

 想夜は涙目で相手を睨みながら、口に詰め込まれたおかずを黙って咀嚼する。せっかく作ってもらったものを味わうことができないでいることを感じると、さらに涙を浮かべては悔しがり、吐き出すことも出来ず、ただ黙って噛み続けた。

(友達が作ってくれたお弁当だもの、絶対に吐き出したりしない)

 想夜の脳裏にいつもの食卓の光景が描き出される。
 御殿、狐姫、叶子との食事。
 それを思い出しては、味のしない弁当にインスタントな調味料をプラスするのだ。そんなものをプラスしたところで、あの楽しい時間が手に入るわけじゃない。
 だけど、そうでもしなければ、この残酷な時間に心が潰されてしまいそうで怖いのだ。
 だから想夜は、気丈にふるまい続ける。

 動じない想夜の態度が面白くないらしい。相手の反応が薄いとイジメ甲斐がなくて超つまらん。
 イラつくざんばら。弁当を高く掲げると、面白半分に小動物をからかい始めた。
「あ、返して!」
「おっと」
 想夜が手を伸ばすタイミングに合わせ、返すものかと弁当を取り上げた手を届かない位置まであげて対抗する。

 背伸びをするも、小柄な想夜。伸ばした手は今一歩のところで弁当箱まで届かない。相手の腕のほうがはるかにリーチが長い。
 もどかしくってチビな自分を呪った。力を謳う戦場では小動物はクソの役にも立たない。ガタイのいいほうが圧倒的に有利なのだから。

「ほ~らパス!」
 弁当箱を宙に放り投げると別のバランサーがそれをキャッチ。
 想夜は弁当箱を追うように手を伸ばす。

 ――そんな悪ふざけが何度も繰り返される。

 羽を広げて弁当箱を取り上げようか? いやダメだ。相手も羽を持っている。

 そうこう考えている間もなく、弁当箱のフタが開いて中身が飛び出し、地面に散乱してしまった。

「ヒドイ、なんてことを……」
「あ~あ、やっちゃった」
 想夜の目の前で弁当箱を逆さまにして、残ったおかずを捨てるざんばら。
 想夜は地面に膝をついて這いつくばり、あたりに散らばったおかずを一つ一つ拾い上げ、土や砂を払い落とすことなく弁当に詰めてゆく。

 ――拾える具材は残らず拾い集めた。
 かつては綺麗に並べられていたであろう中身はグチャグチャ、無残な状態になったとしても、それは大切な友達からの手料理。
 汚れた具材はあとでキレイにすればいい。友達が作ってくれたんだもの、米粒ひとつ無駄にしたくない。けれど半分以上が土の肥やしになってしまった。

 妖精界でやることは済んだ。もう、ここにはいたくない――今はただ、少しでも早くこの場所を離れたかった。
 想夜は弁当箱を胸に抱え、うつむいたまま逃げ出す。悔しい感情を抱きながら、そうやってフェアリーリングの中へと消えていった。


 ――想夜はふたたび人間界に帰ってきた。

 日も沈み、あたりはすっかり暗くなっている。

 暗い森の中、草むらに腰を下ろして体育座り。月明かりが泉に反射して、薄っすらとした白い光が想夜を励ましてくれる。

 輝く泉を眺めながら、想夜は弁当を広げた。
 一度こぼれた中身を咄嗟に拾い集めて詰め込んだのだ、可愛く添えられていた具材はグチャグチャになっていて当然。
 想夜は残ったおかず、それら一つ一つを手にとって、砂や土をはたき落として口に放り込み、よく噛んで味わった。

 御殿と狐姫の顔おにぎりが砕けて、心なしか悲しい表情に見える。

 モグモグと頬が動く中、なんだか目頭が熱くなってきて、ふたたび涙が溢れ出した。
 味付けに問題があったわけじゃない。

 ――でも……、おいしくなかったのだ。

 先ほどの状況が弁当の美味しさを想夜から奪ってしまっていた。
「おいしい、おいしいよ。けれど、こんな食事……こんな食事はイヤ。イヤだ、全然おいしくないよおおおおお」
 美味しいのに美味しくない。味付けは美味しいのに、心がそれを認めてくれない。ヒドイ矛盾。
「グス……」
 鼻腔を伝う鼻水をすすり、体育座りのまま膝に顔を埋めてしゃくり上げ、ついには声を上げて泣き出してしまった。
 それでも味が変わることはなく、想夜はただ、マズイだけの食事を無理やり胃袋に詰め込んだ。
 

赤い宴


 想夜は華生とともに廃墟に来ていた。

 泉の前で落ち込む想夜に一本の電話が入ったのは、つい先ほどのこと。電話の相手は華生。
 電話に出る前に涙を拭いて明るく振舞う。会話の相手が泣きっ面の沈んだ声では気が滅入るだろう、不安にもなるだろう。悲しみは伝染するものだから。

『想夜さま、実は廃墟に妖精が出入りしていることがわかりました――』

 華生からの内容は廃墟への誘いだった――調査をしたいのだが、叶子はまだ安静の身。逃亡者扱いの華生はフェアリーフォースへの連絡はご法度。華生ひとりで複数の敵を相手にした場合、想定外のダメージを喰らいかねない。それに妖精を帰界させることができるのはバランサーである想夜だけ。
 ――以上の理由から、想夜に同行してもらったほうが賢明だろうと結論を出したのだ。


 時刻は夜7時。

 想夜が飛行していると、廃墟の入り口付近に薄っすらと明かりが点っているのが目に付いた。ネックレスの水晶に少量の魔力を注ぎ込んで、カンテラ代わりに明かりを灯している華生の姿だ。
 想夜は華生に向かって急降下をはじめた。

「おまたせー」
 背中にかけられる声に、華生は一瞬ビクリと肩を震わせる。暗い場所にひとり、ただじっとして応援が来るのを待つのも心細いものだ。想夜の姿を見て、敵じゃないとわかり胸を撫で下ろした。
「想夜さま、すみません、急にお呼び立てしてしまって……」
「ちっちっち。気にしないで」
「フェアリーフォースに行ったと咲羅真さまからお聞きしましたが……ご無事でなによりです」
「ん、まあ、ね。あまり収穫なかったけど。あ、華生さんのことは言ってないから安心して」
「お心遣い感謝します」
 しみったれた会話は後回し。
「んじゃ、いこうか」
「はい」
 想夜と華生は互いにうなずき、中へと踏み込んでいった。


「別館入り口は厳重にロックさせております。迂闊に鍵を壊したりすれば、わたくし達の存在が感づかれてしまいますので、回り道を経由します」
「詳しいね」
「つい先ほどですが、一度ここに来ました」
「何か見つかった?」
 想夜の問いに華生は黙って頷いた。
「足元にお気をつけください、こちらです――」
 華生に先導され、想夜が後をついてゆく。


 前回、叶子と華生を追ってきた時のルートを外れ、想夜は中庭へ足を踏み入れた。
「うわあ、大きく育ったねー」
 腰まで伸びた雑草に覆い尽くされ行く手を阻むも、それらをかき分けて進んでゆく。

 建物の真下に下水路へと続く錆びたハシゴがあり、2人はそれを使い下りる。
 地面に着地後、しばらく下水路を歩いていると、ふたたびハシゴが目についた。今度はそれを上ってゆく。

 何者かの出入りがあるのだろう、錆びたハシゴを握っても手に塗料の破片が付着しない。マンホールの蓋も開いていたので、難なく別館に侵入することができた。

 先日、想夜たちが暴れまくっていた本館と大差ない造りになっている。が、別館内は薬品臭が強みを増している。

 寡黙に歩むだけでは想夜に悪いと思った華生が話を始めた。
「――先日、想夜さまにお話したように、わたくしはこの場所で妖精実験の被験者となっておりました」
「妖精、実験……」
 想夜の目が鋭くなり眉をよせる。妖精実験という言葉に嫌悪感を抱くも、黙って聞きながら華生のすぐ後ろに付いてゆく。

「叶子様と出逢ったのも、この場所でした」
 カンテラ水晶の光で華生の横顔が確認できた。叶子の話をする彼女はいつも安堵の眼差しを見せてくる。心が安らいでいる証。叶子のことを好きな証。
 それを見るたび、想夜もつられて安堵する。

「実験中、指示を出していた研究員――主犯……とでも言えばよいのでしょうか。頭首様と対立していた人物が研究チームにはおりました」

 愛宮鈴道と研究員たちの争いは叶子の知るところだ。叶子が酷く恐怖したことも、想夜たちは本人から聞いている。

「ディルファーのデータとわたくしの体の反応を照らし合わせ、ハイヤースペックの研究を進めていった研究チームでしたが、頭首様の反対により、研究チームの数名がMAMIYAから分裂しました。各国の投資家と連携し、研究員数名で設立されたシュベスタ――それはMAMIYAの中の黒い一滴なのです」
「その主犯格ってのは誰なの?」
 華生はうつむいて、首を横に振った。
「いつの時代も、黒き者は人前には姿を見せないものです」
「だよね」
「申し訳ございません、お役に立て無くて。ただ、今でもMAMIYAの関係者が紛れ込んでいるのは事実なのです」
「どうしてそう思うの?」
「理由はMAMIYAの情報漏洩にあります。なぜでしょう、シュベスタ社にはMAMIYA研究所の情報が筒抜けのように思えるのです」

 華生の言葉は、MAMIYAの人間が口をそろえて言っている言葉だ。ここ数年、MAMIYA研究所とシュベスタの研究に重複が見られる。つまり、企業スパイがいるのだ。

「中でも水無月主任のチーム――水無月班が受け持つ研究に重複が目立ちます」

 水無月班――古賀沙々良、鹿山詩織の所属するチームだ。他にも数名の研究員が所属しているが、想夜の知っている顔はその3人だけ。ワクチンの開発をはじめとし、身体障害に適応するための人工細胞・人工神経・サイバー義体の開発、それを遺伝子に組み込むための研究など、人類の救済に幅広く貢献しているチームである。

「頭が混乱しそうな研究をおこなっていたなんて……、あの沙々良さんが? あの沙々良さんが? あの世界迷惑人物協会代表の沙々良さんが? よりにもよって人助けの研究を?」


――あの沙々良さんが!?


 ……想夜よ、そのくらいで勘弁してやってくれ。
 想夜は沙々良の人物像を推測する――人は見かけや行動によらない。いや違う、人間には愛情を注ぎ、妖精の想夜にだけトラブルを招く人なのだ、と。
(あたし、あの人に何かしたのかな?)
 想夜はこの世の不条理を呪った。


 分厚いステンレスの扉をくぐり抜けると一本の通路からフォーク状に、いくつもの部屋に枝分かれした構造をしていた。
 華生が息をひそめ、その中の一つの道を選び、奥に続く部屋へと近づいてゆく。その後、振り向いて、自分の唇に人差し指を当てて想夜に合図を送った。
 想夜は華生に習い、口をつぐんで後に続く。


 水晶の明かりを少しだけ落とし、かつて研究室であったのだろう一室に踏み込んだ。

 華生の水晶だけが頼り。部屋は真っ暗で何も見えないが、次第に目が慣れてくると、何となく部屋の中が見えてくる。研究室とは名ばかりの部屋、机も道具も何も無い、ただの広場だった。
「少し明かりを広げますね」
 誰もいないことがわかると、華生は水晶に魔力をそそいで明かりを強めた。手ごろな電球レベルまで光れば充分だ。それだけで部屋全体を見渡せる。

 部屋に明かりが灯る。
 するとどうだろう、想夜は足元を見てから一歩二歩と後ずさった。
「これは――!?」
 足元に大きな陣が描かれていた。床全体に広がるそれに飲み込まれているようで、一種の罠にかかったような錯覚に陥る。
「ご安心ください、今は起動していないようです。想夜さまには一応ご報告だけでもと思い、こちらにお連れしました」

 陣は静かなものだ。術が発動しているようには見えない……少なくとも今は。

 腰を曲げ、陣をマジマジと見つめる想夜。アゴに手を添えて探偵みたく推理する。けど、内容がまったく分からん。まったく読めん。
「ふむ、なるほど。 ……まったく分かんない」
「ふふふ、おもしろいお方」
 華生はクスリと笑う。

 陣を凝視する想夜。
「なんだろうコレ? 見たことない文字列だ、吸集の儀式でもないし……こんなの読めないよ。華生さんは? 読める?」
「一見すると人間が使用する陣のようですが、わたくしにも読めませんでした。もし悪魔召喚だとすると厄介ですね。わたくし達妖精は関与しない種族なので、ますます分かりかねます。エクソシストなら読めるかもしれませんが……」
「だとすると、御殿センパイの協力が必要ってことか」
 2人はがっくりと肩を落とした。

 部屋全体が発光したのはその時だ。

「なに!?」
「これは――!?」
 バチバチとスパークするプラズマ状の青紫の稲妻。それらがあちらこちらを覆い尽くした。
「華生さん、水晶光強すぎ!」
「水晶光はわたくしの手元にあります!」
 華生は手元に光る水晶を想夜に見せた。水晶光はほのかな輝きを保っている――となると。
 陣の真ん中。想夜はワイズナーを背中に召還し、稲妻の中で息を殺した。

 時計回りに一つ、また一つ。陣の隅に雷が落ち、その中から黒いローブに身を包んだ者達が現れた!
 計6人。
 陣の周りに召還されたローブ達が等間隔に、グルリと想夜と華生を取り囲んだ!

 悪魔召還に思えたのは一瞬の出来事だった。本当に恐ろしい光景を待っていたのはその後のこと。
 6人のローブが両手をあげると、想夜のすぐ手前でスパークし、とつじょ陣の中から何者かが召還されてきたのだ。

 1匹だけじゃない、2匹、3匹、4匹と数を増し、次々と想夜と華生を取り囲んでいった。
 その数、ざっと30といったところか。レッドベレー帽をかぶった軍隊のようだ。

 赤い帽子、フリルのついたブラウスと赤い服。かつては白いブラウスだったであろう純白さは赤いペンキのような斑点で彩られている。長く伸びた爪はナイフのように鋭く赤く、全身で赤を象徴している。
 それらが血の色に見えたのは想夜だけだろうか。否、目の前にいる少女たちは全身で血を味わう妖精――赤帽子だ!!

 赤帽子の召還が終わると、用済みであるかのようにローブ姿は消えていた。

 想夜が驚愕する。
「そんな! フェアリーリング以外から妖精が出てくるなんて!?」
 通常、妖精界から人間界にやってくる妖精は皆、フェアリーリングを通る仕組みになっている。それがルールであり、法である。無論、想夜が立っている陣はフェアリーリングとは違う存在。
 とはいえ、考えている時間もない。なぜなら赤帽子たちが爪を立てて飛び掛ってきたからである。
「華生さん!」
「承知いたしました!」
 華生はネックレスの水晶を上にブン投げ、天井に突き刺した。瞬間、部屋がパッと明るくなる。
 このほうが戦いやすいだろう。その後、想夜と目を合わせ、互いに大きくうなずき合図を送る。

『アロウサル!』

 光のベールに包まれた想夜と華生がハイヤースペックを発動させ、武器をかかげて戦闘体勢へ。
 背中を合わせながら、想夜はワイズナーを、華生はネイキッドブレイドを両手に光らせている。
「いくよ華生さん!」
「よろしいですとも!」

 360度、赤帽子の群れが隙間無く飛び掛ってきた!
 スローモーションがかかったように、想夜と華生の逃げ場所を埋め尽くしてゆく。

「華生さん、伏せて!!」
 身を縮める華生を守りつつ、想夜は腰を落としてワイズナーを横に構え、敵との距離を計り、
「ここだ!」
 と、ジャストタイミングで時計回りに振りかぶる!
 時間がゆっくり流れるくらいの動きのあと、スローモーションが解けたような斬撃速度に戻る。と同時に――

 ドカッ、ドカドカドカッ!!

 ワイズナーに弾き飛ばされた赤帽子たちが不格好な体勢で宙を舞い、飛び掛ってきた20匹ほどを天井や壁際にぶっとばした。

 壁や床に背中を叩きつけられた赤帽子がすぐに身を起こし、想夜に向かってくる!
 想夜は突進してくる赤帽子の頭に手をつき、跳び箱を飛ぶ要領で飛び越えると、そのまま羽を使って宙で留まり、背後にまわって赤帽子の横っ面に回し蹴りを喰らわせた。
「破!」

 ドフ!

 赤帽子の首にローファーが食い込み、首から上が真横にひしゃげる!
 蹴りを喰らった反動で側転するよう、赤帽子の足が床から離れて体が回転!

 戦いは終わらない。まだ始まったばかり。

「ぐえ!?」
 着地した想夜の体に1匹が飛びかかり、上に登って押さえつけると、その上からまた1匹、さらに1匹と山のように乗ってきては想夜を埋め尽くしてゆく。
「むぐうっ」
 赤帽子に埋もれた想夜がペシャンコになりながらジタバタ暴れて逃れようとしている。
「想夜さま!」
 赤い山に埋もれた想夜を助けるべく、華生は幾重にも乗ってくる赤帽子を引き剥がしては斬り、斬っては遠くに蹴りとばす。
 しだいに山が小さくなり、頃合を見た想夜が羽にブーストをかけて残りの赤帽子を撒き散らした。
 その中の一匹の背骨を頭に乗せると、ピクシーブースターをかけた!

 ボシュウッ!!

 想夜はバックブリーカーの体勢で舞い上がり、赤帽子を天井に叩きつけて気絶させた。その後、グッタリした赤帽子の両足を取り、竹トンボよろしく空中でジャイアントスイングをかけて他の赤帽子の群れに投げつけて弾き飛ばした。

 赤帽子を天井に叩きつけた弾みで、華生の投げた水晶が落ちてきて明るさを弱らせた。
 それを見た華生が「しめた!」とばかりにブレイドを構えて赤帽子の群れの中へ入り、細い隙間を一直線に駆け抜ける!
 暗闇を武器に、目で捉えることが出来ない速度で赤帽子の体を斬っては前進し、そのまま出口へ向かう。
「想夜さま、ここは狭すぎます! 別の場所へ移動しましょう!」
「了解ちゃん♪」
 ちょうど想夜も同じことを考えていた。狭い部屋だと羽が生かせない。華生の後ろを追うよう、想夜も飛翔して逃走。


 下水路に下りるハシゴに手をかける時も赤帽子に襲われた。
 敵を斬ってはダメージを与えて遠くにふき飛ばし、時間を稼いでは再び走る。

 下水路でつまづく華生を起こし、想夜は後ろを気にして走る。もたもたしてたら追いつかれてしまう。

「想夜さま、前からもやってきます!」
「あーもー、しつっこいなあー!」
 目の前から、後ろから、赤帽子の軍団に行く手を遮られる。
「前からも来ます、どちらから片付けますか?」
 華生に問われての選択肢。慎重に選ぼう。

 ①前を華生に任せる。
 ②後ろを華生に任せる。
 ③両方華生に任せて、自分はふて寝。

 いやいや、③はさすがにマズイだろ。
 想夜は考える。
「んじゃ①で。とりあえず前だけ片付けて進もう! 早く地上に出たいし!」
「承知いたしました……想夜さま?」
「あい?」
「①、とは何の事でございましょう?」
「妖精のささやきです、気にしないでください」
 2人は速度をあげて敵陣に突っ込んでいった。


 先頭の赤帽子が爪を振り上げ斬りつけてくる!
 それを華生が左のブレイドで弾き返し、敵の体勢を崩して右のブレイドでぶった斬る!
 そんなことを繰り返していると、敵も学習能力があるのだろう、華生の攻撃パターンを読み取って隙をついてくる。
「うぐ!?」
 ブレイドの攻撃でできた無防備な背中を敵に斬りつけられ、前のめりになった華生。

 一瞬の隙を突かれた華生に向かって複数が一斉攻撃――赤い爪でメッタメタに斬りつけ始めた!

「華生さん!」
 ハリケーンの中に身を投じたかのように、華生の体がフラリフラリと舞う!
 服や腕を斬り裂かれた華生がうずくまる。でたらめにブレイドを振り回すが一発も当たらない。
 同じ種族同士、敵はどこまでも華生の攻撃パターンを熟知していた。

 想夜は自分に飛び掛ってきた赤帽子の後ろ襟を掴むと、華生に群がる赤帽子めがけて一本背負いでブン投げた。
「ふん!」

 ドカドカ!

 群れが崩れて華生の姿が見えた。メイド服が破れ、ところどころ肌が露になった。叶子が見たら喜ぶやら怒るやら。
 難を逃れた華生が一呼吸して想夜の手を取る。
「ありがとうございます、想夜さま!」
「あたしにつかまって!」
 華生をお姫様抱っこした想夜。羽にブーストをかけて前進、ピクシーブースターで一直線に突き抜ける! 地上へのハシゴを見つけるとそこから地上へ飛翔した。


 想夜はひとまず雑草だらけの中庭に華生を下ろし、そこに留まる。
「華生さん、キズ大丈夫? 痛くない?」
「わたくしは大丈夫です」
 傷口はネイキッドブレイドと同じ形状だ。同種族なのだから同じ効果なのだろうけど、切り傷がとても荒い。
 華生とはかけ離れた残忍さを持つ群れだった。あれが本来の赤帽子の戦闘精神なのだろう。

 まるで快楽殺人犯を相手にしているみたいだ、と想夜は身震いし、携帯端末を見ながらため息を漏らした。

「電波も悪いみたい。圏外だって。どうする? このまま帰って御殿センパイ達を呼ぶ?」
 華生を下ろして意見を伺うも、返ってきた答えは逆の言葉だった。
「それはおやめになられたほうがよろしいかと。そうしている間に街中に赤帽子が溢れてしまいます。ここでわたくし達が仕留めておかなければ……」
 華生の言うとおりだった。あんな殺戮軍隊が街中に散らばったらエライこっちゃ。
「……わかった。ここで片付けよう」
 想夜はワイズナーの刃に映る自分の瞳を見つめた。思ったよりも鋭い眼光、意思は固まったようだ。

 遠くから複数の足音が近づいてくる。

「追いつかれた!」
 姿勢を低くし、息を殺していると下水路からワラワラと赤帽子が溢れてきた。それだけじゃない、四方八方の建物の上空や窓からも奴らがやってきたのだ。
「囲まれましたね、ざっと50体くらいでしょうか」
「さっきより増えてない?」
「連続召還されているのでしょう。ひとまずこの者達の身動きを封じましょう」

 華生は左手のブレイドを逆手持ちに、右を順手持ちで周囲を睨みつける。攻防一体の構え。
 その背中に張り付くように、想夜は背中を合わせてワイズナーを構えて耳打ちをした。

「作戦はあるの?」
「相手は多数。全員を相手にしていたらこちらの体力にも限界がきます。ダメージを与えて動きを封じるのが賢明でしょう。わたくしは想夜さまのバックアップにまわりますので、弱った赤帽子から順番にバランサー権限で強制帰界させてください」
「ウィっさー」
 軽いノリ。でも心の中は結構あせっている、そうでもしなきゃ声が震えて華生に不安を与えかけない。なんせ50もの軍勢を相手にしているのだから、全員分の爪を喰らったら体の原型が残っていないかもしれない。それくらい危険な状況下にいる。

 華生がブレイドを構える。

「まずは地上の敵から斬ります……参ります!!」
 華生が赤い瞳をギラリと光らせた。姿勢を低く保ち、草むらの中を忍ぶように駆け抜ける。時代劇に出てくる侍みたいだ。草音がした方角を瞬時に聞き分け、猟犬のように湾曲しながら足音の方へ突き進むと、すぐ目の前に赤帽子の姿を捉えた!
「逃しません!」
 ネイキッドブレイドを振り上げる!

 ザシュッ! ブシュウウウウ!!

 華生のスピードに度肝を抜かしたのか、華生に追いつかれた赤帽子は一瞬の隙を突かれ、振り下ろされたブレイドの餌食となった。
 背中から斬られた赤帽子が噴水のような鮮血を天高く撒き散らし、地面についた片足を軸にグルリと一回転しながらダウン、戦意喪失。
 ブレイドの餌食となった体に追い討ちをかけるように、想夜がワイズナーを叩き込む!

 バチッ!

 電圧が流れる音が響き、赤帽子の体がスパークし、微動だにしなくなった。

 ワイズナーの刃には様々な文字がほどこされており、弱っている者の筋肉を麻痺させるスタン効果も備わっている。技名はスタンブレイク。それで一匹一匹の動きを封じてゆく。

 走っては斬り、走っては斬り。
 斬り込み隊長のすぐ後を想夜が着いて走り、追い討ちのスタンブレイクを赤帽子に叩き込んでゆく。

 10体くらいは動きを封じただろうか、赤帽子が目を見開きながら地面に這いつくばって痙攣をしている。両手で踏ん張っている輩もいるが、生まれたての子山羊のように足がおぼつかない。

 さて、問題はここからだ。
 同じ攻撃がいつまでも通用する連中とも思えない。先の戦闘から推測するに、敵も学習能力に長けているので、華生との距離をとって、攻撃対象を想夜のみに向けてくるかもしれない。無論、それは想定内――。
 想夜は羽の無い赤帽子が自由に空を飛べないことをフォローすべく、空中戦に打って出ることにした。
「華生さん、二手に分かれよう。あたしは上の敵を片づけるから、華生さんは下の奴らをお願い!」
「かしこまりました、地上の敵はお任せください」

 飛翔した想夜は、華生のちょうど真上で飛行を保っている。
 華生が動くのと同時に、想夜は反対方向へ切り返した。別々に行動することで群れを分解させる作戦だ。

「二手に分かれたぞ、散れ!!」

 案の定、赤帽子の群れが分裂を始める。

 大きな軍隊を細かく分解させてゆくことで戦力を縮小させてゆく方法――どんな問題でも、このやり方が適応できる。大きな問題にぶち当たったのなら、小さく細かく分解させて、ひとつひとつを解決してゆけばいい。ひとつひとつ潰してゆくことで、やがて大山は消える。


 想夜は建物と建物の隙間に滑り込むように体を忍ばせると、赤帽子を誘い込むために待機した。
「この狭さならちょうどいいかも」
 やがて建物の隙間に我先にと突入してくる赤帽子と対面する。

 赤帽子の群れが爪を立てながら想夜に向かってくるものの、戦闘場所が極端に狭いため、一斉攻撃が封じられている。一匹ずつしか攻撃ができない状況に絞り込まれた敵は、群れの意味を失っていた。

 まず1匹目。
「破!」
 想夜はワイズナーをランスモードに切り替えて相手の胸に突き刺した。同時に上からやってきた2匹目の赤帽子に対しても、下から串刺し状態にする。
 一瞬で2匹の動きを封じることに成功。

 3匹目。
 想夜が手前の赤帽子に向かってワイズナーをブン投げた!
「ギャ!?」
 飛んできたワイズナーが肩に刺さると奇声を上げて後ろに転倒!
 赤帽子同士がぶつかり合って建物の隙間、ゴロゴロと回転しながら退場。狭い場所だからできる芸当。

 4、5匹目は、前方と上空からの同時攻撃――狭い隙間での同時攻撃を学習したようだ。
 想夜はワイズナーを分離させて二刀に切り替えると、前と上、2匹同時に突き刺す!
「破! ……ここもそろそろ危ないかな」
 敵の体から2本のブレイドを抜くと、想夜は地面の槍を引き抜いて建物の隙間から一直線に飛翔する。
 屋上まで出ると、草むらを華生と赤帽子の軍団が走り回っているのが見えた。


 草むらの影を走りぬける華生と赤帽子たち。

 横からスライスするように斬り込んでくる赤い爪を、華生は腰をかがめて避けつつ、敵の足元をブレイドで薙ぎ払う。

 足を斬られて体勢をくずした赤帽子の後ろから、別の赤帽子、さらにその後ろからも飛び掛ってきた。何とかストリームアタックって奴か。
 さすがは殺戮をメインとした妖精だ。動きに無駄が無く、うまく連携が取れている。

 それらの爪攻撃を、華生はネイキッドブレイドで押さえ込んでは弾き返す。囲まれたら不利なので、距離を保ちつつ攻撃を与える戦法をとる。

 華生が壁から壁へ飛び移ると、その後を追うように赤帽子の群れも宙を舞う。空中に誘い出して赤帽子の動きを少しでも分解させたいところだ。
 華生は宙を舞いながら爪を弾いて敵にブレイドを叩きつける!
 ダメージを食らった赤帽子は隕石の落下よろしく建物の壁に突っ込んでいった。

 上下左右から赤帽子の攻撃が引っ切り無しに続く中、華生は髪や服を狂ったように振り乱し、それら全ての攻撃を2本のブレイドで弾き返しては、
 ぶった斬る。
 ぶった斬る!
 ぶった斬る!!
 愛宮に仕えるメイドだけのことはある。戦闘力は叶子のお墨つき。文句のつけどころがない。

 華生は空中におびき出した赤帽子を片付け終わると、草むらに着地。休む暇なく地上を駆け抜け、ふたたび草むらでの時代劇を始めた。


 想夜は上空から地上の戦闘を見ている。上からだと良く見えるのに、助っ人に向かうことができないのがもどかしい。今は自分の受け持つ群集で精一杯。
 ワイズナーをヌンチャクモードに切り替えて、飛び掛ってきた赤帽子を一気に吹き飛ばした。

 どのくらい片付いただろう? 想夜は横たわる赤帽子に埋め尽くされた周囲を見渡す。
「やっと半分くらいかな……」
 ペースを保てば勝機はある。長期戦で少しずつ敵の戦力を削ってゆけばいい。

 もう少しの辛抱――想夜がワイズナーを構えた時だ。なにを思ったのか、赤帽子の群れがワイズナーに触れてすぐ、想夜から離れてゆくではないか。

「え? なに? どうしたの!?」
 なぜ距離をとった? 想夜は赤帽子を見渡したが、問題なのは手元だった。
 握り締めたワイズナーがズシリと重く感じる。
「……ん?」
 手元のワイズナーに目をやると、信じられない光景を目の当たりにする。
「ありゃー! なんじゃこりゃー!?」
 想夜、目ん玉飛び出るくらいぶったまげた。

 ワイズナーには何箇所かの空洞部分が存在する。それらは変形時の設計仕様でもあり、武器使用時のグリップの役目、軽量化など様々な用途のために開けられた作りになっているのだが、なんと赤帽子は、空洞部分に切断した爪を巻きつけてきたのだ。
 拘束バンドのように巻きつけられた爪はワイズナーの重量を増しただけじゃない。変形可動そのものを封じていた。

「なによコレ……全っ然取れない!」
 フンヌー! 想夜は血眼になってワイズナーに巻きついた爪を引きちぎろうと試みる。が、U字鍵のようにワイズナーに巻きついた爪は鉛のように重くて硬かった。非力な想夜が力を入れても、いっこうに千切れる気配がない。

 赤帽子たちは滑稽な振るまいを見せる想夜の出方を伺っていた。やがて想夜がワイズナーを使えないと確信すると、切断して短くなっていた爪を伸ばして陣形をとる。
 
 ――くいっ。
 
 殺れ――先頭の赤帽子が爪で指示を出すと、身動きが取れなくなった想夜に向かって、周囲の赤帽子が一斉に飛び掛った!

 どうする想夜、武器を捨てて逃げるか?
 それともこのまま串刺し?

 他に方法は無いものか――冷静になりたい気持ちと裏腹に、焦りの気持ちが勝る。

 見上げると赤帽子が雪崩れのように振ってきた!
「うあああああっ、もうダメ! 本っ当にダメ! 絶対にダメ!!」

 目を閉じ、諦めかけたその時だ――「誰かが助けに来てくれる!」といった淡い期待も空しく、想夜は赤帽子の群れにメッタメタに斬り刻まれた。おまけに宙に放り投げられ、群がる赤帽子からボッコボコに蹴りを喰らう。

 想夜の服はボロボロ、体中傷だらけ。ラスト一発には横っ腹にケリを喰らって吹き飛び、先ほどの赤帽子よろしく、隕石落下のごとく建物の中へと突っ込んでいった。
 緊急回避、やっぱりムリでした。まぁネット小説でもないし、俺TUEEEEでもない、これが現実。どんなにあがいてもダメな時はダメなのよね。

「想夜さま!」
 遠くの草むらから華生が叫ぶ。
 傷だらけの想夜は建物の中に身を隠し、ワイズナーにこびり付いた爪を解くけど、なかなかうまく取れない。南京錠のように固まって変形ができないのだ。

 ガチャガチャ……

「硬いなあコレ。何とかならないの、もうっ」
 と悩んでいるうちに、想夜、いいこと思いついた。
 現段階ではワイズナーは変形が困難、しかも非常に重い。が、運べないわけではない。当然、投げることも可能なわけ。

 ということは――。

 想夜はズシリと重いワイズナーを引きずって物陰に隠れた。
 敵はまとまって攻撃をしかけてくることが多い。そこを狙う。
 窓の外に目をやると、華生が赤帽子を一匹ずつ斬る姿が。でも、それも長くは続かないだろう。徐々に体力が消耗しているのがわかる。
 ネイキッドブレイドでは防ぐことができなかった攻撃を華生は喰らい続けてダメージが蓄積、やがては跪いてしまう――そこへ例のごとく、赤帽子が群れで飛び掛ってくるのだ。

 ――想夜はこの瞬間を待っていた。

 すかさずワイズナーを時計回りに振り回す!
「どおおおおっこい、そおやあああ!」
 力尽きた華生に跳びかかろうとする赤帽子の群れ目掛け、想夜はワイズナーをオリンピックの砲丸投げよろしくブン投げた。

 ブンブンブン! ひゅ~ん……

 窓から夜空に飛んでゆくワイズナーちゃん。
 そして――

 ドカドカドカッ!!

「どか~ん☆ スットラーイク!」
 みごと赤帽子の群れに直撃!
 無数のボーリングピンを弾き飛ばすように、一気に敵を蹴散らすことに成功した。
「想夜さま!」
 敵陣が崩れ行く瞬間、顔を上げる華生。目には希望の光。

 想夜が何かを叫びながら華生に向かって飛んできた。

「華生さん、それ切って! ワイスナーに絡んでる爪切って!」
 赤帽子を蹴散らしながら落ちてきたワイズナーは草むらで横たわっている。赤爪まみれで無残な姿。
 それを見た華生、
「可動変形を封じられたのですね、承知いたしました」
 とブレイドを音速に近い早さで動かし、拘束爪を切り落とす。

 ワイズナーは赤爪から解放され、自由を取り戻した。

「わーい、ありがとー華生さん!」
 想夜がワイズナーに駆け寄り、高々と持ち上げる。
「おかえり、あたしのワイズナーちゃん! んちゅ~っ」
 想夜はワイズナーにブチューっとするも、雑草の汁が刃に付着していて期限切れの青汁みたいでマズかった。生臭い汁をペッペと吐き出す。

 体勢を立て直す2人が赤帽子と向かい合う。
「さて……あとどれけ残ってるの?」
「ざっと15ほどでしょうか。心苦しいですが、わたくしはもう戦力にならないでしょう。想夜さま、お任せできますか?」
「おっけ~♪」
 想夜は立ち上がり敵の数を数え、アローモードに切り替えた。弓を空に向けると、槍を思いっきり引っ張り、手元を緩めた。
「光のやいばよ……ッて!」

 シュッ!!

 槍は光を放ち、見当違いの方角へ突き進んでいった。
 空高く飛んでいった光を赤帽子達が見つめている。なにが起ったのかもわからず、ただ見つめている。

 ヘタクソめ――誰もがそう思っただろうが、事態は一変。
 総員が異変に気づいたのは次の瞬間だ。

 突如、細いレーザービームが建物の四方八方から飛び出し、赤帽子たちを串刺しにし始めた!

「華生さん、伏せて!」
 想夜は華生の体を押し倒して覆いかぶさるよう、草むらに突っ伏した。

 あたりに無数の閃光が走る!

 上空から、建物の隙間から、窓から、下水路から。空に放たれた光の矢がレーザービームとなって建物の敷地内に散らばり、いたる場所を通って中庭の赤帽子たちを襲い続けた。

 レーザーで串刺しにされた赤帽子の群れが中庭で舞い踊った。

 微動だにしない敵の群れの中、エーテルバランサーが片手を天に掲げて叫ぶ!
「エーテルバランサー権限発動! 妖精法第22条――不法入界のため、総員、強制帰界を命ずる!!」
 ワイズナーで斬られた者、レーザーを受けたものには全員、体に帰界識別番号が入るようにしておいた。

 赤帽子は皆、想夜の一声で妖精界へと強制帰界させられる。
 スタンブレイクを使って一匹ずつ帰界させなかったのは、バレたら残りの敵に逃げられてしまうと考慮してのこと。帰界させる敵は多数でなければ効果が薄い。
 華生をレーザーから庇ったのは、華生を帰界させないようにするため。

 赤帽子の集団だけ時間が止まったように動きがピタリと止まり、プリズムを放ちながら姿を消してゆく。あとはフェアリーフォースがうまくやってくれる、と思う。
(フェアリー、フォース……)
 想夜は昼間の出来事を思い出し、顔に影がさした。


「――華生さん、立てる?」
「お心遣い感謝いたします」
 華生は差し出された想夜の手を握り、両足で踏ん張った。

 2人は夜空を見上げた。

「5人ほど逃がしてしまいました」
「追いかけたいけれど……ちょっと休みたいかな」
「――ですね」
 たはは、とボロボロになった互いの姿を見て笑う。

「それより想夜さま、これ見てください」
 華生がカード状のものを差し出してきた。それを想夜が手に取っては不思議そうに眺めている。
「ん~? なにコレ?」
 見た感じどこかのカードキーのようだ。
 カードの裏面には――

『シュベスタ入館許可証』――そう表示されていた。

「シュベスタ社のカードキーだ!」
 想夜が目を輝かせた。
「はい。先ほど赤帽子の1人を斬った時にチラッとコレが見えたので奪い取りました。これは想夜さまに預けておきます」

 すごい芸当をやってのけるメイドだ。我が家にも一台ほすぅい――なんて思いつつ、想夜はカードキーを受け取った。

「今回の事件、シュベスタの暗躍が確定したと考えるべきでしょう」
「さっきの陣のことも調べなきゃだし……華生さんはこれからどうするの?」
「わたくしの戻るところは決まっておりますよ」
 にこり。微笑んでは、なに事もなかったように身だしなみを整える華生。これから叶子の寝室へ向かうのだ。

 妖精とスペクターとの間にはダメージ転移がある。強いダメージを受けると、片方にもそれが転移する。
 今回、ダメージ転移は最小限にとどめておいたようだが、やはり叶子の様態が気になるようだ。と、想夜は察した。

「わかった、叶ちゃんのことヨロシクね。あたし、今から御殿センパイんところにいってくるから、何かあったら連絡ちょうだい」
 想夜は振り返り、後ろ歩きのまま親指と小指で電話のサインを作る。
「かしこまりました。おやすみなさいませ、想夜さま――」
 華生は深々と会釈したあと、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら消えていった。
 続いて想夜も飛翔する。

 2人の妖精は夜空に消えた。